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「アジアの母乳育児支援ネットワーク殻女性のエンパワメントに向けて」連続講座 
粉ミルクの販売戦略とWHOコード
Report 1
日本が知ろうとしてこなかったもうひとつの母乳育児支援  河合 蘭

産院でおみやげとして手渡される粉ミルクの缶。入院中に全員が受ける「調乳指導」という名の教室――白衣の女性は乳業会社の社員である。

こんな、日本中どこにでも見られる光景が、海外では広告規制の対象になっている。粉ミルクの販売戦略は、母乳が十分出たはずの人までミルク・ユーザーにしてしまうことがあるからだ。

規制の基盤となっているのは、WHO(世界保健機構)とユニセフによる「母乳代用品の販売流通に関する国際規準」=通称「WHOコード」である。

1月17日〜19日、母乳育児支援ネットワークの招聘で、WHOコードに深く関わっている専門家が多数来日し、東京で3日間の講座をおこなった。そして、今まであまり伝わってこなかったWHOコードの全貌を見せてくれた。この講座と、スピーカーのひとりであるアネリス・アレインさんへのインタビューからレポートする。

写真・WHOコード採択へとつながった国際的ボイコット運動のポスター

レポート   
はじまりは、開発途上国での悲劇ほ乳瓶やゴム乳首も含まれる
渋谷をチェック! モニタリング・ツァーすべて法制化された国が、26か国
採択から20余年経って日本では‥‥
 
資料   
WHOコードの主な内容
粉ミルク販売戦略に関する主なできごと
リンク/書籍紹介 アンケートの回答はこちらから

はじまりは、開発途上国での悲劇

WHOコードは、日本人には実感しにくい、しかし本当に起きていた悲劇から生まれている。

1960年代、先進国では出生率が軒並み低下し、乳業メーカーは、市場が縮小する分を埋め合わせようと第三世界へ進出した。過剰な広告をして、産院には膨大なサンプルを渡し、専門家達には贈り物をして旅券や学会を世話した。

産院ではミルクが過剰に使われ、人工栄養の赤ちゃんがどんどん増えた。母乳は、赤ちゃんが母親の乳首を直接吸う刺激によって作られる。粉ミルクを使いすぎると、母親の体に「母乳を作れ」という指令を送ることができないのだ。

この人工的な母乳不足は、清潔な水や消毒設備が得にくい国々では、たいへんな結果を招いた。細菌が繁殖したミルクを飲むことになったばかりか、粉ミルクを買い続けられる経済力がなく、薄く溶いたミルクを飲ませる人もたくさんいた。このため、下痢や栄養不足で、たくさんの赤ちゃんが命を失った。

これに対し、欧米の市民活動家や小児栄養の専門家たちは、抗議を始めた。中でも、シェアの半分を占めていたネスレに対するボイコット運動は大規模で、1977年に米国で始まり、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、英国、スウェーデン、西独に広がり、一次だけで7年間も続いてその後も繰り返された。WHOコードは、こうした抗議行動の成果として、企業が営利本位に暴走することから赤ちゃんを守るために作られた。

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ほ乳瓶やゴム乳首も含まれる

 今回来日したアネリス・アレインさんは、WHOコードの草稿を書いたひとりだ。当時、アネリスさんはジュネーブに住み、弁護士としてWHOの仕事をしていた。

「始まりはまったくの偶然で、同僚がコードの作成に関わっていたので興味を持ちました。私はアフリカに駐在していたので、法外な値段で粉ミルクが売られているのをいつも見ていたのです。私は子どもはいませんが、自分では何もできない赤ちゃんのために、誰かがやらなければならないと思いました」

以来アネリスさんの人生はWHOと共にある。彼女はIBFAN(乳幼児食品国際行動ネットワークInternational Baby Food Action Network 「イブファン」と読む)設立者のひとりでもある。IBFANは、世界中の母乳支援団体が集まってできているネットワークで※、WHOコードの施行と「モニタリング(遵守状況の追跡)」を任務としてきた。WHOコードが現場でどの程度守られているかをチェックし、報告するシステムを持っている。

「モニタリングの第一歩は、WHOコードを正しく理解することです。まず、これは粉ミルクだけではなく、ほ乳瓶や乳首などの調乳用品、それから離乳食を含むということ。それから、粉ミルクは悪いものだと言っている訳ではなく、自由選択を妨げるものではないので、お店の棚に粉ミルクが置いてあるのは違反ではありません。しかし、製品のそばに母親向けの宣伝パンフレットがあったり、缶に赤ちゃんの絵や写真があったり、「母乳と同じ」と書いてあったりすると違反です」 

かわいい赤ちゃんの写真は日本ではあまりにも多用されてきたが、「この製品で育てれば、こんなにかわいい元気そうな子になりますよ」というメッセージを潜在意識に植えつけるので、規制されている。

※ 日本では、母乳育児支援ネットワークがIBFANの公認加盟団体。
写真・24年間、乳幼児食品の問題に取り組んできたアネリス・アレインさん。彼女が創設したネットワークIBFANは、198年、「もうひとつのノーベル賞」といわれるライト・ライブリフッド賞を受賞した。

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渋谷をチェック! モニタリング・ツァー

WHOコードの条文はたいへん長く、表現も複雑だ。膨大な条文をひとりで読んでもわかりにくいが、IBFANの講義を聴いているうちに「違反かどうかの目安」が少しわかってきた。

特にわかりやすいのは具体例を見ることで、今回の講座では、渋谷の街頭に出てモニタリング・ツァーをおこなった。私は、アネリスさんひきいるグループのひとりとして某大型書店へ行き、雑誌に載っている広告を調べた。

マタニティ誌の表紙を開くと、早速にゴム乳首の大きな広告があった。一見WHOコードの8項目目にある「母乳の利点を説明し‥‥」に準じるかのように「母乳はとてもよい」と書いてあった。が、その後コピーは「この製品は、その母乳と同じ」という結論に至り、結局はコードに反する。

アネリスさんは、慣れた手つきでモニタリングを実演した。「レポーターは、その場で批判的な言動をすることなく、だまって正確に記録します。お店でメモを取るには、小さな紙を持っていると便利ですよ。メーカー名、商品名など、IBFANの報告書式が求めている要素を正しく書き取って下さいね。写真や、できれば実物も入手できればベストです」

 このような潜入調査は、店舗だけではなく、産院その他あらゆる場でおこなわれており、それぞれに専用の報告フォームが作られている。確かに、企業からの公式回答だけでは、本当の実態はつかめないだろう。何を、どこで見たか、聞いたか。受け取ったか。それを世界の母乳団体が地道に報告し続けているからこそ、WHOコードは"お体裁"にならず、生き続けてきたのだろう。

写真・モノタリング・ツァーで。書店で、母親向け雑誌に載っている粉ミルク・ゴム乳首などの広告をチェックする。

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すべて法制化された国が、26か国

 こうした活動のひとつのゴールは、国が、WHOコードの内容を国内法とすることである。WHOコードは、基本的に勧告に過ぎない。しかし、法律となれば強制力を持ち、守らない会社は罰せられる。ゆっくりだが、こうした法を持つ国は増え続けている。2001年までに、55カ国が、コードの全文あるいは一部を法制化している。

IBFANが資料収集や研修のために設立したセンターICDC(国際規準資料センターInternational Code Documentation Center)では各国の法規制について情報を整理している。

コードの内容が全体的に法制化されている国
アルゼンチンアルバニアバーレインベニンブラジル
ブルキナ・ファソカメルーンコスタリカドミニカ共和国ジョージア
ガーナガテマラインドイランレバノン
マダガスタルネパールパナマペルーフィリピン
スリランカタンザニアウガンダウルグアイイェメン
ジンバブエ    
内容すべてではないが、多くが法制化されている国
オーストリアバングラデシュベルギー中国コロンビア
デンマークジブチフィンランドフランスドイツ
ギリシャインドネシアアイルランドイタリアラオス
ルクセンブルグメキシコオランダニカラグアニジェール
ナイジェリアノルウェイオマンパプア・ニューギニアポルトガル
セネガルセイシェルスペインチュニジアイギリス
ベトナムパキスタン   

最上位ランクは26カ国で、アフリカやアジアの国が並んでいる。次のランクであるすべてではないが多くが法制化されている国「」グループは32カ国だ。このレベルでは、欧州の国々がたくさん見えてくる。日本は「ほとんど法制化されていない」グループに入っている。

最近の成立で、スピーカーたちに「とてもいい法律」と評価されているのはブラジルだった。ブラジルでできた法律は厳格で、日本製のミルクも、ブラジルではまるで薬品のようなパッケージで売られている。

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採択から20余年経って

ただ、広告は次々に新手が出てきて、規制と企業はいたちごっこを展開しているようだ。国連のイメージ・カラーである青を基調にした広告を作り(WHOは国連の下部組織)、「私たちはWHOコードを遵守しています」とアピールする広告も出てきている。IBFANは、これをブルー・ウォッシング(青い洗浄)、ブルー・アクター(青い演技者)といつた言葉で皮肉っている。世界の実情を知るIBFANの目から見て、その企業がコードを尊重しているとは思えないからだ。

フォローアップ・ミルクや「おかあさんが飲むミルク」のような新しいタイプの商品も、WHOコードの対象となるかどうか白黒がはっきりしない。インターネットでの広告も、まだ、規制できている国はない。WHOコードができたのは1981年だ。日本では知られていないだけで決して新しいものではない。当時は、フォローアップ・ミルクも、今日のようなインターネット社会も、なかった。

ただ世界保健総会は、乳児用食品の問題を審議し続けている。そこで、この審議内容を充実させ、広く結果を知らせていくことが、これからのIBFANにとって重要な課題だ。たとえば世界保健総会は、WHOコードを出した後で、学会などのスポーンサー行為は問題があるとしたり、望ましい離乳食の開始時期を4ヶ月から6ヶ月に変えたりした。これらは、実質的にはWHOコードのアップデートだといえる。

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日本では‥‥

日本は「和をもって尊し」の国なので、告発をルーツとするWHOコードはなじみにくいかもしれない。また、今たくさんの人が母乳不足に陥る理由は「産院の人手不足」なと゜他にもたくさんあり、乳業会社だけを非難するのはおかしい。

しかし、今回、アネリスさんたちが来日して明らかになったのは、日本は国際的に見て、粉ミルクの売り込みがかなり自由だということである。産院でもらえる粉ミルクや関連グッズのプレゼントは女性達の楽しみとなっている。マタニティ誌にはキュートなほ乳瓶の写真があふれ、保健所までがサンプルを配布する。誠に自由である。

日本の行政では、粉ミルクについては、特別用途食品としての表示義務がいくつかある程度だ。産院での販促活動や広告について、検討の動きはない。

粉ミルクを使うか使わないか、決めるのは母親自身だ。しかし自由社会とは、決めさせるプロフェッショナル達が腕をふるう社会でもある。日本では、ネスレボイコットのような運動が盛り上がることはなくても、日本なりの道があるだろう。

今年59回目を迎える日本助産師学会では、今年、画期的なことがあった。医療者たちの学会にとって、乳業会社のスポーンサーは欠かせないものとなっているのだが、初めて、その広告内容が検討されたのである。一般向けの粉ミルクの広告をやめ、未熟児用の特殊ミルクと健康補助食品にしたのだ。

触れにくい問題だが、始められることは、きっとあるはずだ。

写真・「アジアの母乳育児支援ネットワーク殻女性のエンパワメントに向けて」連続講座を作り上げたスピーカーとスタッフたち

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