その3 『大貧民』な家族
三宅はつえ
英国から戻り、毎夏訪れるスペインの田舎、アルベルカのホテルに向かった。やっぱりスペインは暑い。シーツを肩まで掛けて寝ていた英国が、なつかしい。道すがら、今年はグレドス山脈で初めて馬に乗ってみた。なんといってもアバウトなスペインのこと、初めて乗るっていうのに、説明の簡単なことといったらない。「左は左、右は右、止まるときには手綱をひいて、走るときには脇腹をかかとで蹴ってね」
これだけを教わって、それから2時間、林の中。小さな川を渡ったり松の枝をくぐり抜けたり。人を乗せなれている馬たちだから振り落とされると言うことはないけれど、ちょっと足早にでもなろうものなら、体勢を保つのに必死。でも、一番大変なのは群れてくるハエをかわすことだった。なにしろ息を吸うと鼻の穴にスポッと入ってくるのだから。
初めのうちはピーピー言ってた娘も、程なく態度はヒューヒューに。乗り終わった後には「う〜ん、あと2時間くらいは平気だね」とのたまう。このあたりの柔軟性なんとか落馬しないですんだものの、お尻は痛いし背筋はバリバリ。なのに、懲りずに次の日にも騎乗し体がバキバキになりましたとさ。
今年は娘にとって『大貧民』元年だった。行きの飛行機でもらったJALトランプで、ババ抜きやら神経衰弱やらをしていたが、今ひとつ面白くない。そこで思い出したのが『大貧民』だった。大貧民とはトランプの3が一番弱く、昇順でカード順位があがり、2が一番強く、これを切れるのはジョーカーのみ。最初に出た枚数がペアならペアで、トリプルならトリプルで昇順にカードを出していく。一番最初に手持ちのカードが無くなった人が勝ち、というゲームだ。負けた順から「大貧民」「平民」「大富豪」となり、座るところ(座布団のありなしなど)で待遇を変えるのが一般的だ。
思い起こせばふた昔ほど前。ユースホステルを泊まり歩いていた頃には、いつも
大富豪な女だった私。この高度な駆け引きを要するカードゲームに娘が参加できるようになったなんて、感慨深いものがある。
そして英国でも、スペインでも、旅のお供に欠かせないトランプ。はては帰路の搭乗時間つぶしの空港カフェでも、大貧民なバトルは繰り広げられるのだった。
この文章を打っているのはJAL406便、パリ発成田行きの飛行機の中。3週間のバカンスも終わり、仕事の待っている(娘には宿題の待つ)日本に帰るところ。
すぎてしまえばあっという間の3週間。次に家族で大貧民ができるのは、相方が一時帰国するときまで待つしかない。大貧民な家族の最小単位は3人なのだと、こんな時には「通常訳あり別居家族」を不自由に思う。
ところで、どうしても思い出せない事があるのだが、『革命』はどんなふうにして起こすのだったかしら。一番弱い3が一番強くなる、あの『革命』。これを思い出せれば勝負は大波乱。「大貧民」が板に付いた娘も挽回のチャンスが多くなって、面白くなるんだけどなぁ。
空港まで送ってくれた相方に、はじめて涙を見せなかった11才の夏。去年まではボロ泣きだったのにね。君もちょっぴり大人になったのかな。
2001/08/11
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