海外にみる開業助産師と医師の連携 | ||||||||||||||||
助産師先進国オランダは、棲み分け先進国だった おそらく、境界線がもっとも明快に引かれている国は、助産師先進国といわれるオランダだ。 オランダ人の夫と共にアムステルダムに住んでいる小出久美子さんによると、オランダには、その妊婦の管理者は誰であるべきかを定めた詳細なガイドラインがあり、これを逸脱した場合、なんと、保険から診療報酬が支払われないことがある。オランダでは、妊娠、出産に関わる費用は健康保険で支払われているが、たとえば助産師で大丈夫とされている妊婦を医師が扱った場合、場合によっては報酬が支払われない可能性があるというのだ。 ガイドラインでは、考えられるリスクが並び、それぞれが「助産師か家庭医の対象」「助産師・家庭医と産科医で相談すべき対象」「産科医の対象」「助産師か家庭医の対象だが分娩中に起き得る移送のリスクを避けるため病院で出産すべき対象」の4通りに分類されている。 それは、分娩を扱える三種類の医療職−産科医、家庭医(いろいろな患者に対して一般的に初期医療を提供する医師=General Physician; GP)の協議で決められ、健康保険の関係者も関わるらしい。 オランダの助産師は85%が開業助産師だ。 「オランダでは、妊娠するとまず、助産所へ行く人が多いんですよ。助産所で健診を受け、自宅で産むのが、リスクが低い人の基本スタイル」(小出さん) 自宅出産の率は、1979年から35%前後で安定している。これは世界中の助産師がオランダをひとつの目標として見つめてきたゆえんだが、その裏には、政府の保健政策に基づき厳格に定められた棲み分けガイドラインがあった。オランダでは、他科でもフリーアクセスで専門の医師にかかることはなく、緊急時以外はまず家庭医にかかることになっている。 ただオランダでは、助産師へかかった人が医師にバトンタッチされるケースはとても多い。その割合は、『助産婦雑誌』2000年1号に掲載された杉上貴子さんの記事にある1991年統計によると、妊婦全体の57%が助産師で初診を受けているのに対し、分娩まで助産師のもとに残る人をみると35%。 半数近い人が、どこかの時点で医師に移っている。リスク管理が助産師と同等レベルとされている家庭医では、全体の13%が初診に来るが、分娩時は10%。両者を合算すると45%で、助産師が扱えるとされる対象は、きわめてリスクが低い、全体の半数に満たない人たち、ということになる。 「オランダ人は、医師も助産師も、お互いの領分には踏み込みたくない、と強く思っていますね」と小出さん。だから、ガイドラインに載っているリスクが発生したとき、オランダの助産師は実にドライだという。 「オランダ人助産師の自宅出産に立ち会ったときは、ずいぶんあっさりと病院につれていってしまうんだなあ、と思いました。ガイドラインに、分娩第一期でも、進みが悪ければ助産師だけでは扱えないというという項目があるんです。搬送前にお産を進めるためのサポートをあれこれ試みる、という場面もあまり見られませんでした」 日本の開業助産師を知る小出さんは、その時、”助産師先進国”オランダへの気持ちが少し冷めるくらい、違和感があったという。 「日本の助産師なら、何とかして自宅で産ませてあげたい、という気持ちで、必死にいろいろなケアをするじゃないですか」 「妊娠は病気ではない」とたくさんの人が助産師へ行くことと、何かあればさっさと産科医へ変わること−日本人にとって、このふたつは異質なものに思える。だがオランダでは、どちらも同じ合理精神の表れなのかもしれない。
押尾さんは米国のCNMをとった日本人の第一号で、在米邦人を中心に月6〜8件の分娩を取り扱っている。搬送がないというのは、すべての出産を、提携病院でおこなっているという意味だった。 米国では3種類の助産師がいるが、押尾さんが取得したCNMは修士レベルという高い教育背景を持つ。これを持っている助産師は病院出産が中心で、自宅出産をやっている人は少ない。 米国の病院は研修医や看護師がいるだけで、分娩を扱える技術のある人は勤務していないのが普通である。外部から病院が契約している開業医が来てお産をとるのが一般的なスタイルで、そこに、CNMの助産師も入ることがある。 病院は月に1回、医療の質を維持するため、契約している医師・助産師を集めて症例検討会をする。押尾さんの立場は、病院使用権を持つ一契約者として、病院が契約する他の医師とほぼ対等である。 押尾さんの医療的バックアップは、もう5年間も提携している7人の女医グループだ。押尾さんは、この医師たちとの間に、お互いの役割分担を明文化したガイドラインを持っている。 「私たちのガイドラインは何10頁もある文書で、2年に一度見直すことを決めています。助産師と提携医の間には、たいていガイドラインが作成されていると思いますよ。それがあると、医療事故の保険からも、リスクの少ない助産師だとみなされます。ただ、米国にはいろいろなガイドラインがありますが、全国で一律に使われるガイドラインはなじみません。この国では州によって助産師の免許制度も違って、たとえば助産師の投薬も、できる州とできない州があります」(押尾さん) 自宅出産を主に扱っているLicensed Midwife; LMという免許の助産師たちは、CNMとは教育も、依って立つ法律も違う。シアトルのあるワシントン州では、LMの人たちは、ワシントン州で活動するLMの組織「ワシントン州助産師協会」の定めたガイドラインを守りながら仕事をしているそうだ。 写真・押尾祥子さんと、提携している産科医のマリー先生(左)。お互いを理解し合って長いつきあいになる二人は、「マリー」「サチコ」とファーストネームで呼び合う。 CNMの資格を持ち、しかも助産師に寛大なワシントン州にいる押尾さんに認められている領域は驚くほど広い。押尾さんに初診を受けた人のうち、最後まで押尾さんのみで診る人は約4分の3を占める。 臨月以前なら逆子の外回転術もする。前回帝王切開だった人の経腟出産も扱う。この場合、医師会の規定により提携医が病院内に待機しなければならないが、何事もなければ分娩室に来る必要はない。予定日が過ぎ42週に入ってしまったら、押尾さん自身のオーダーで、病院への入院や陣痛誘発の処置が開始される。そんな場合も、提携医師へは、状況を電話報告しておくだけだ。 「助産師だけで診る領域を越えてしまい、医師にも診てもらう人はたくさんいますよ。でもその人が完全に医師のクライアントになるのは、帝王切開の時だけ。それも、手術プランを立てるときは、私も女性やご家族と一緒に医師のところへ行って、これまでの経過をじっくりふり返り、みんなで一番いいやり方を決めます。当日も病院に行って手術室に入り、経過の説明などをします。産後のケアも私のところですから、結局、ずっとその女性と離れないですね」 押尾さんが、完全に手を離したケースは今までに一例あっただけだという。 「双子の方でした。こちらでは、特に高度な医療が必要な場合は、通常の医師教育の上にさらに積み上げる教育を受けた専門医が関わります。双子は専門医も関わるので、私がいると産科医と合わせて3名が一人の人を診ることになってしまう。それは複雑すぎたので、手を引いたのです」 私が「助産師は正常出産のプロだと考えてきましたが、押尾さんのようにリスクが高い人とも深く関わる方がいるとそうとも言い切れないですね」と言うと、押尾さんは、こう答えてくれた。 「助産師は正常出産のプロだというのはそのとおりです。リスクの高い人にも、人格、家族、希望を大事にして産みたいという正常なお産の部分があります。助産師は、どんな場合も、そこをみて、助け続けるのです」
「ガイドラインは、ChoiceとControlを妨げるかもしれない物。英国では、どこで誰と産むかを選ぶのは、女性」と夏目さんは言い切る。では、医師に行くべきハイリスクの女性が来て、状況を説明してもなお助産師での出産を希望する場合はどうするのか? 「助産師はひとりひとりがプロフェッショナルなのだから、自分の技術や経験をよく知っていて、責任をとれる限界がわかっているはず。それを越えた人が来たなら、自分はその人の期待に添える助産師ではない、と考え、他の助産師を紹介することが推奨されています」(夏目さん) それでも、大変難しい要求を持った女性が来た場合は、「スーパーバイザー」という認定を持つ特別な助産師に相談する。英国ではすべての助産師に決まったスーパーバイザーがつく制度があり、3年ごとにある助産師免許の更新審査など、様々な場面で助産師業務の安全を守っている。夏目さんの最近の例では、妊娠中毒症が重くなったのに自宅出産をしたいという人がいた。 「私のスーパーバイザーは、彼女の自宅に行ってくれて、血圧がここまでなら自宅出産できるがそれを越えたら必ず病院に行く、といった具体的な限界について交渉してくれました。この人は結局、最後に血圧が上がり自分でも体調の悪化を感じたところで緊急帝王切開になりました。でも、この人は十分に納得をして、手術を受けたのです」(夏目さん) 押尾さんのように、夏目さんも帝王切開に立ち会うことがあるという。 「手術中にずっと手を握っていてあげるだけでも、助産師の仕事でしょう。どんな場所にいても、助産師は助産師」
しかし英国は、1993年に政府が「女性は出産場所を自由に選べるべきだ」というレポートを出している。出産における女性の自由は国策である。また助産師も、病院の中で「赤ちゃん工場」の歯車のひとつであることに訣別しようとしていて、今、真剣な挑戦をしているところだ。 ただ、このような挑戦が成立する土台には、女性が、自分の決定に責任をとるという土壌がある。英国では、助産師にかかるにせよ、医師にかかるにせよ、女性自身が自主的にそうするのだという考え方がある。医師と助産師の間で、女性をやりとりするのではない。 「搬送が遅れたとき、医師は助産師も責めるけれど、女性の責任も重視されます」 英国でも搬送のおくれが訴訟を呼んでしまうケースがないわけではないが、「私はどうしたらいいんですか」と専門家の指図を待つ人が多い日本とは大きく違う。 「日本では、自分で考える女性がマイノリティ。先進的なことを言う人はいつもいるのに、その人たちが増えることはない」 自分で考えない、少なくともそうとみなされている日本の女性は、存在感が薄い。今回のガイドラインについても、「助産師の活動範囲を狭める」と言う声は盛んに聞かれるが、女性の選択権が縮小されるという言葉はほとんど聞かれなかったことに、夏目さんと話していて、はたと気づいた。
国によって、分娩と保険制度の関わり、助産師の医療行為も違えば、国民性も全く違う。パーフェクトな国はないし、他の国を真似する必要もない。しかし、日本はこれまで助産師と医師の棲み分けについて何のシステムも持たなかった。どんな搬送や連携が望ましいかという公けな議論もなく、野放しだった。 日本でも、助産師と医師のシステム作りが、ようやくスタートした。日本助産師会がこのたび作成したガイドラインには、日本医師会も協力した。産科医と助産師が組織レベルで本格的な連携を開始したのだ。大切な芽が、葉を広げていくのはこれからだ。 (社)日本助産師会のガイドラインは下記で読めます。 ●『助産所業務ガイドライン』 (社)日本助産師会発行 ¥1.000(本体¥953) 送料¥210 ●All
About Japan 出産医療・産院選び ●『助産師』2004年 5月号(社団法人・日本助産師会) もっと知りたい方のための資料 ◆『地域における子育て支援のための効果的な助産婦活動に関する研究−先進的母子保健を展開している先進国における助産婦活動の実態および教育、法制度、医療システム等に関する調査研究 報告書』((社)日本助産婦会 ※現・日本助産師会)平成13年 ●『平成14年度厚生労働科学研究(子ども家庭総合研究事業)報告書(助産所における安全で快適な妊娠・出産環境の確保に関する研究)』
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