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メグ・ヒックリングさん  性教育者・カナダ

ボディーサイエンスとしての性教育

構成・写真/河合 蘭    聞き手/三好菜穂子・河合 蘭

性教育書の決定版“Speaking of Sex”(邦題『メグさんの性教育読本』)で世界中に知られ、子どもに性の話をすることにかけては第一人者であるメグ・ヒックリングさん。日本にも、NPO法人「女性と子どものエンパワメント関西」の招聘でたびたび来日しており、2004年12月にも渋谷・ウィメンズプラザで講演会を開いた。

REBORNスタッフの中にも、メグさんの著書が家庭で大活躍している者が何人もいる。講演前のメグさんに、感動の対面インタビューをさせていただいた。


■性器について話せず、命を落とした人たち

三好 メグさんが性教育を始められたきっかけは何だったのでしょうか。

メグさん カナダでは、1969年までビクトリア朝の規律が支配していました(笑)。英国の影響が強いんですね。それで、性の話をする人はセックスしたくて仕方がない人だと見られてしまう、とても古風な世界でしたね。

その頃、私は病院勤務の看護師でした。そこで、病気で亡くなっていく人をたくさん見たのですが、その中には、性器の病気になったことが恥ずかしくてなかなか受診できず手遅れになったり、知識が余りにも足りなくて異常に気がつかなかった人が少なからずいました。性器の名前を言おうにも、医師の前でとても口に出来ないような俗称しか知らなくて、口に出来なかったのです。

それで私は、子どもたちには、科学者が使う性器の名称「科学的名称」を教えたらいい、と気づいたのです。それでまず、私は自分自身の子どもに教えました。それは、私にはすごく難しいことでした。なぜなら、私の両親はそんなことは決して話さなかったからです。ところが、教えてみたら、近所に住んでいる人がとても感心してくれて、「ぜひ、うちの子にも教えて下さい」と言うのです。それが私の初めてのクラスになりました。1960年代終わりのことです。

それはちょうど、当時のカナダ首相トゥルドーが法律を変えた時のことでした。彼は「政府は国民のベッドまでのぞく必要はない」という有名な言葉と共に、公共の場で性や避妊の話をしてはいけないとする法律を無効にしました。

それから30年の月日が流れて、カナダの状況はまったく変わりました。今ではたくさんの人が、就学前の幼児から性教育を始め、高校生までずっと続けていくことに賛成しています。

三好 30年経ったということは、子ども時代に性教育を受けた人が、もう親になっていますね。

メグさん そうです。新しい親たちは、強く性教育に賛成しています。そして、この第二世代の子どもたちは、かつての子どもたちより、はるかに教えやすくなりました。小さいころから、自分の親に少しずつ聞かされながら育っていますから。この子たちは、性の話を恥ずかしがらないですね。

■性教育が進むとセックス開始年齢が上がり、パートナーの数が減る

三好 以前は、性教育に対するバッシングも体験されたのでしょうが‥‥。

メグさん バッシングが特にひどかったのは、1980年代にエイズが流行した時です。学校でセックス教育をおこなうからだ、と目くじらを立てる人たちが現れました。しかし、やがて、「そうではないでしょう。エイズの流行は、私たちがもっと性教育を必要としている証です。子どもをもっと安全にしてあげなければ」という声が上がり、そちらの方がだんだん大きくなって事態は収拾しました。

三好 バッシングが収まったということは、性教育の効果を証明するデータなども出てきたのでしょうか。

メグさん 国連が87カ国を対象に、「どの国が最もエイズから守られているか」を調査したことがあります。その調査によると、学校で最も性教育を行っている国たせったスウェーデンでは、エイズの感染件数が最低でした。また、ここでは、最終教育が終わるまで性行動を開始しない若者が最も多く、開始後はパートナーの数が最も少なくなっていました。だからエイズ感染も少なかったわけです。

河合 なぜ、性教育がセックスの開始を遅らせ、パートナーの数を減らすのでしょうか。

メグさん 私は、教育を受けた若者はリスクを理解するからだと思います。たとえば望まない妊娠、性感染症といったリスクを、です。
  またもう一つの理由は、彼らはお互いを尊重し合い、コミュニケーションを大事にしなければならないということを学びます。私は、性行動の場面では、相手が「ノー」と言ったら、そちらの意見の方が必ず通るべきだと繰り返し教えます。たぶんこういうケースが多いと思いますが、女の子が「私はまだしたくないの」と言えば、男の子はそれに従わなければならないことを学んでいます。

■性教育バッシングの現実

三好 日本では援助交際など若者の性の問題が多いのですが、女の子たちは別に性を楽しんでいるわけではなく、「ノー」が言えないケースも多いようです。ところで、メグさんは米国でも活躍なさっているそうですが、米国の状況はどうなのでしょうか。

メグさん 残念なことに、ブッシュ大統領は禁欲主義を前面に押し出し、その考えを広める性教育にしか国のお金が出ないようにしてしまいました。しかし、このような教育は、若者が性行動を開始する時に大きな罪悪感を感じるもとなのです。だから誰にも知られないようにこっそりと行動し、コンドームも買えません。だから使わないでおこなうことになります。結局こういう考若者たちは最も妊娠しやすく、最も性感染症にかかりやすいことが調査でわかっています。

州によっては、ブッシュ政権のお金は要らないから、禁欲主義ではない性教育を独自におこなおう、ということになりました。特にカナダに接している州にはそういうところが多いです。最も保守的なのは、やはり「バイブルベルト」と呼ばれている南部の方ですね。

三好 ブッシュ大統領の影響かどうかはわかりませんが(笑)、日本も、今、性教育への反対意見が起きてきています。東京都では、性交渉をしても許される年齢の“目安”を条例に盛り込むことを審議しています。

メグさん 若者にセックスをさせないようにするなら、法律など作っても何の意味もないでしょう。開始年齢を下げたければ、子どもたちを十分に教育し、自分で考えられるようにすることです。それが唯一の方法です。

いつの時代もそうなのですが、性教育バッシングを行う人は、性的虐待がとても多いという事実を知らない人たちです。そして自分たちが科学的な性教育を受けたことがなく、見たこともありません。それから最近の調査でわかってきているのは、バッシングを行う人の中には、性的虐待のサバイバー、それから加害者の両方が含まれているということです。

■幼児にもコンドームの話をする理由は?

河合 メグさんの書かれた『メグさんの性教育読本』は本当に参考になりましたが、特に、年齢ごとの特徴が的確にとらえられて楽しく読んでしまいます。この分け方は、メグさんの開発されたものなのですね。

メグさん そうですね。第一段階は就学前の子どもたちで、一番教えやすい、素晴らしい子どもたちです。「性はいやらしい」などという考えは、みじんも持っていません。セックスをして赤ちゃんが出来ると言う仕組みを話しても、この子たちは「ふーん。で、お昼ご飯はなぁに?」って聞くだけです(笑)。

この年齢から性について話すのは深い理由があります。ひとつは子どもの安全のためです。性器の言葉を知っていれば、痛みやかゆみを感じた時、的確に表現できます。それから、性について親のほうが沈黙してしまうと、子どもは「これは家庭では話してはいけないことなんだ」と思ってしまいます。

私はこの時期からコンドームについても教え始めます。それは、海岸などでコンドームを捨ててしまう大人がいて、それを小さい子が拾わないようにしてほしいのです。エイズウィルスは体外に出ると死んでしまいますが、B型肝炎のウィルスは最長6カ月間生きるというデータがあります。決して、風船になどして遊んでほしくありません。

ですから、実物を見せた上でこう教えます。「ペニスから膣の中に精子が出ていって卵子に出会うと赤ちゃんができるのですが、もし、45人も赤ちゃんができたら困るでしょう。だから、こういうコンドームというものをペニスにかぶせて射精するのよ。そうすると精子が中にとどまって赤ちゃんができないわよね。それに、もし病気の菌があっても出て行かないわね。」

第二段階は5、6歳から8〜9歳で、私はこの子たちに「トイレ・ユーモアの時期」というニックネームをつけました。ともかくおしっこ、うんちの話が大好きなのですが、それは、ジョークを使って何とか性器のことを探ろうとしているのです。この時期の子たちには、教えてあげれば、エンジニアのようにきちんと知りたがります。トイレ・ジョークの壁を越えればどんどん話を聞いてくれる、素晴らしい子どもたちです。

第三段階は小学校高学年ですが、この子たちはとても恥ずかしがり屋になっています。「性の境界線」を探り、確立しようとする時期にさしかかっているのです。

■小学校高学年に話すベストスポットは車の中

河合  「性の境界線」とは何ですか?

メグさん 一緒にお風呂に入らなくなったり、おばあちゃんにキスをしてあげなくなったり、ということがこの時期に起きてきます。「この境界線より中には人を入れない」という線引きを身につけてきたからで、これは家庭の中で尊重される必要があります。性暴力の加害者に境界線を侵害された時「ノー」が言えることにつながるからです。

親によっては、「もうこの子と温泉行けなくなっちゃったわ、子どもが遠くへ行ってしまったわ」と寂しく思うのですが、これは成長過程の一部です。さらに成長すれば必ずこの子は帰ってきますし、おばあちゃんにもまた優しくキスするようになります。

ただ、この時期にあまり恥ずかしがられると必要なことが伝えられなくて困ります。この時期の子どもに性の話をするのに一番いい場所は車の中です。話をやめて立ち去りたくても、どこにも行けませんから(笑)。

それから、性被害の被害に最も遭いやすいのは、第三段階のこの年齢の子たちだということを忘れてはいけません。なぜかというと、性被害の加害者は、実は、自分自身が被害者体験をしていることが多いのです。そして、危害を加える対象を選ぶとき、自分が被害を受けた年齢をねらう傾向があることが調査でわかっています。もちろん、被害者のごく一部の人だけが加害者になるのですが。

私の仕事の初期に、まず応援してくれたのは警察でした。加害者は、性器の科学的名称を知っているような子には手を出さないのです。そういう子は、すぐ親に言うからです。

性被害の危険には男女差がありません。最近わかってきたことなのですが、特に年齢が低いときは、被害件数は男女で同数でした。また、加害者さえ、男性と女性が半々だとわかってきました。性被害にあった男の子の中には、性的な健康を損ない、結婚後にパートナーとの関係をうまく作れない人が出ています。

■いつも心にユーモアを

河合 メグさんは本当に大きな仕事をされてたくさんの子どもたちの健康を守って来られたのですね。教えてきた子どもの数は、どれくらいになりますか。

メグさん 今は後輩が育ちましたので、私は月に一度くらいしか教えていません。でも現役時代は、毎日16時間くらい教えていました。朝8時に家を出て、3時まで学校で教え、帰ってきて一瞬お茶を飲み、また出て行って夜9時頃まで教えました。夜のクラスは親向けのクラスですね。1年間の生徒総数は1万人くらいでした。

河合 たくさんの後継者が育っておられるのは素晴らしいですね。どんな方がメグさんのあとを継いでいるのですか。

メグさん 看護師です。個人的な考えですが、保健教育をおこなう人間は、専門職がよいと思います。なぜなら、何か問題が起きたとき、看護師の職能団体が背後にあるからです。その意味では、学校の教師も性教育ができると思います。

日本では助産師さんがたくさんいて、私の講演にもたくさん来て下さいました。でもカナダでは、助産師は養成が始まってまだ日が浅く、数がとても少ないです。

三好 後継者の方は、メグさんのユーモアも引き継がれたんですか。

メグさん もちろんですよ!ユーモアはとても大切ですよ。誰でも最初はびくびくした気持ちでクラスに来るのです。大人もそうですが、子どもたちも、笑うと知識がスーッと入っていくんですよ。


●メグ・ヒックリングさんの著書
『メグさんの性教育読本』 『メグさんの女の子・男の子からだBOOK』 『メグさんの男の子のからだとこころQ&A』

メグさんのこの取材には、8歳の娘が同行した。印象的だったのは、メグさんが私たちと会ったとき、まず初めに挨拶したのはその子に対してだったこと。

メグさんはにっこりと微笑み、すぐにかがんで子どもの視線に下がって、ゆっくりと噛んで含めるようにこう言った。”My, name, is, Meg. What's, your, name?” 驚いたことに、英語で話しかけられるとたいていかたまってしまう子が、メグさんには、一生懸命答え始めた。”My …name …is”

メグさんは、こんな調子で小さな子たちに硬い「科学的名称」を発音し、教えてきたに違いない。「これはとても大事なことなのよ。わかるわね。」というメグさんの心の声が聞こえてきそうだった。

子どもにも、そして親にも特別な教育者であり続けてきたメグさん。日本でも、さらに活躍して欲しい。

*この取材は、メグさんの著書の翻訳でおなじみの三輪妙子さん(写真左)に通訳をしていただきました。どうもありがとうございました。


●もっと知りたい方へ
「女性と子どものエンパワメント関西」
女性と子どものエンパワメント関西」のサイトではメグさんのワークショップの情報が得られます。