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スウェーデン映画
「ダブルシフト〜パパの子育て奮闘記」
マリア・エッセーン監督インタビュー

聞き手/河合 蘭、白井千晶、三好菜穂子 写真/白井千晶
文・構成/三好菜穂子

育児休業中の父親の子育てを描いたスウェーデンのコメディ映画「ダブルシフト」が男女共同参画イベント等で上映されている。'92年に育児休業制度が施行されたものの、いまだ男性の取得率が0.52%とお寒い状況の日本。一方で、ジェンダーフリーが進み、男性の育児休業取得率も約8割と高いスウェーデン。かの国の子育て映画となれば、REBORNスタッフも興味津々だ。来日したマリア・エッセーン監督に話を聞いた。
(2006年4月26日 東京港区・女性と仕事の未来館にて)

映画「ダブルシフト」
◆ストーリー
タクシードライバーのヨーナスと、テレビで天気番組を担当するエマは同棲中。子どもが生まれても、ヨーナスは人手不足の会社に育児休業を言い出せないまま、エマに育児を押しつけて8カ月が過ぎた。とうとう育児ノイローゼになってしまったエマは「今度はあなたの番よ!」と職場復帰を宣言。ヨーナスは仕事と育児のダブルシフトで苦境を乗り切ろうとする。公園で出会った育児休業中のタフガイ・ヨッケは、育児も手なれたもので彼の育児指導にはヨーナスも大助かり。しかし、無理のある二重生活から、とんでもない事件が・・・。
(スウェーデン/2004年/87分)

◆映画「ダブルシフト」公式ホームページ
http://www.sonypictures.se/films/sommanbaddar/site/index.html

映画『ダブルシフト』上映予定


●子育てに決められた方法はない!

三好 とても楽しく映画を拝見しました。父親が成長していく姿がとてもコミカルに描かれていましたが、なぜ父親の子育てというテーマを取り上げたのでしょうか?

マリア・エッセーン監督 友人のステファン・アンヘムが自分の育児休業の体験からこの脚本を書き、女性監督に撮らせたいというので、読ませてもらったところ大変気に入りました。理由は、若者が父親になる過程が真摯に描かれ、とても新鮮な視点と感じたからです。また、子育てって実は大変だという、スウェーデンでもあまり口にされないことが率直に書かれていた点にも共感を持ちました。

三好 主人公のヨーナスの職業をタクシードライバーに設定した理由は何でしょうか?

エッセーン監督 ミュージシャンになりたい彼にとっては、タクシードライバーはあくまでも副業。子どもができても、男性はいつまで経っても少年のままでなかなか大人にならない(笑)。夢見る青年であり続けるヨーナスを表現するときにミュージシャンであることは非常にわかりやすいですよね。

三好 ヨーナスがフードプロセッサーを使って揺りかごを揺らす(!!)など、子育てにもマシーンを使う合理的な発想は父親ならではのものかなぁ、と非常に面白かったです。

エッセーン監督 父親だから、というより、子育てには決められた方法があるのではなく、解決策はいろいろあるということです。私の周りでも、子育て情報量の多さに圧倒されて、悩んでいる親たちをよく見ます。極端に言えば、ちゃんと食べさせて寝かせていれば、後はそれなりに育っていくのが子どもではないでしょうか。いい父親になるために大事なことは、家族が幸せになるために自分のやり方を見つけることだと思っているので、このエピソードはとても気に入っています。
ただ、あくまでもコメディ映画なので、誇張されているシーンはあります。スウェーデンの観客の中にも「あんなやり方はよくないです」と真剣に言う人がいたのですが、ヨーナスがしたように、助手席の子どもに離乳食をあげながら運転することを実際にやったらマズイ!というのは、もちろんわかっていただけますよね?(笑)。

河合 スウェーデンでは、この映画はどのように受け止められましたか?

エッセーン監督 とてもありがたいことに、スウェーデンに限らず、世界中どこでも大変よい感想をいただいています。若い人から母の世代まで幅広い層に観ていただき、どの国でも妻が夫を連れて映画館に来ることが多いようですね。
スウェーデンでの批評家の意見は二つに分かれました。「ヨーナスのような父親像はもう古い。今はもっと男女平等化が進み、多くの父親はもっといい父親である」という一方で、「いやいやそんなことはない。今でも現実はこんなもので、ヨーナスの描写は現実に即して描かれている」という意見もありました。

河合 父親をテーマにした映画は、スウェーデンではたびたび作られているのですか?

エッセーン監督 数年前に子育て中の既婚者の恋愛をテーマにした映画がありましたが、子育てをテーマにしたということでは、おそらくスウェーデンでも初めてかもしれません。

河合 日本では、「スウェーデンの家庭は理想である」とマスコミは書きます。ですから、スウェーデンのお父さんというとどんなにテキパキと家事や育児を行うのかと想像して映画を観たら、とても親しみやすいお父さん像でうれしかったし、みんな同じだなと思いました。

エッセーン監督 私は、ヨーナスはアンチヒーローだと思っています。ヨッケのようになりたいけど、間違えたりモタモタしたり、テキパキとできないところが彼の魅力です。その部分では、これまでの父親の描き方とずいぶん違うと言われました。

三好 赤ちゃんたちの表情もとても自然でかわいらしかったです。

エッセーン監督 90人以上もの赤ちゃんが参加したオーディションを行いました。映画には、2人の赤ちゃんが登場しますが、機嫌が悪くなったら交代するということで、実際はそれぞれ2人ずつ似ている赤ちゃんを選びました。2人のうち、一人は歩くことができて、もう一人はハイハイだったので、成長に応じて分けて撮影していましたが、そのうちハイハイの赤ちゃんも歩けるようになってしまったので撮影にはずいぶん苦労しましたね(笑)。実働37日くらいの撮影でしたが、赤ちゃんが出演する映画を撮るのは、ホントにツライものですよ(笑)。

●1歳になるまでは家庭で育てる

河合 日本では、両親が共働きの場合、産休明けから保育園に預けるという選択があります。私たちがこの映画を観ると「何で保育園に預けないのだろう?」と不思議に思うのですが・・・。

エッセーン監督 スウェーデンでは、法律で両親合計して480日間(13カ月)は育児休業を取る権利が認められているので、480日以前に預けられる施設がないのです。480日以前から働くためにシッターを雇う人もいるようですが、少なくとも私の知り合いの中にはいませんね。必ず、父親か母親のどちらかが子どもの面倒を看ているというのが一般的です。

河合 480日間の育児休業を法律で定めている理由として、子どもは人生の最初の13カ月間は親と家庭で過ごすべきだという考え方があるのでしょうか?

エッセーン監督 あくまでも私の友人や周りの人たちを見ていての想像なのですが、スウェーデンでは、ほぼ100%の人が母乳で育てているので、子どもは少なくとも13カ月くらいは家庭で育てたいという要請があって決まったのだと思います。
'60年末頃からこうした動きが出てきて、'74年に世界初の両親が取得できる育児休業法ができたのですが、高齢化による労働力不足という背景があり、社会的にも女性の社会進出は当然であるという認識でした。また、高福祉の国で非常に税金が高いので、家族で収入が一つだけでは生計が成り立たないということも理由だと思います。教育、医療、家族の保障すべてを国が面倒みることを選択したことで40数%という大変高い税率になりました。それがスウェーデンの選択だったわけです。
480日の育児休業のうち、390日までは休暇を取った親の給与の80%の額が支給されます。既婚か独身かで税率が変わってくる国が多いと思いますが、スウェーデンではこの資金源として、すべての国民に平等に税金が課されています。

白井 日本では民間サービスで0歳児の保育をしている場合が多く、アメリカ型の自助努力型ですが、スウェーデンからみるとどう見えますか?

エッセーン監督 日本でも出生率が大変低くなってきているということをお聞きしました。スウェーデンのように完全に税金で補うというのは、まったくアメリカの制度とは違います。どんな国にしていきたいのか? その国の選択になると思います。

●子育てはカップルの試練

三好 日本では子どもが生まれるとセックスレスになるカップルが多いのですが、ヨーナスとエマは子どもができてもラブラブでしたね。

エッセーン監督 子どもがいないので、私にはちょっとわかりませんが(笑)。基本的には、育児がうまくいってヨーナスの気分がよいときはラブラブで、うまくいってないときは結ばれないということを描きました。子どもが生まれたら寝不足になるのが普通ですから、カップルにとって試練だと思いますね。結局それを解決するのは、カップルがコミュニケーションをし続けられるか否かにかかっていると思います。

三好 お互い激しく言い合った後に熱いキスの嵐があったり、日本人のカップルではなかなか見られないコミュニケーションだと思いました(笑)。

エッセーン監督 観客の中にはキスの数を数えた人もいるほど、キスの回数が多い映画といわれました(笑)。私はキスしている人を見るのが好きなので、もっとキスシーンを入れたかったのですが・・・(笑)。子どもも増えてさらに幸せな家族になるという方向性を表現したかったのです。

三好 3つ子の妊娠をにおわせるシーンで終わっていますが、3つ子が生まれてからの続編も楽しみにしています。

エッセーン監督 子どもが増えると撮影が大変なので、続編は別の監督に撮っていただきたいですね(笑)。


◆マリア・エッセーン(Maria Essen)
1968年、スウェーデン生まれ。ストックホルム大学で映画を学んだ後、93年にニューヨークのコロムビア大学に留学。95年には初の短編『Ticket to Ride』を米国で製作。同作品は、96年度の全米の最優秀学生作品に選ばれる。本作品で監督デビュー。現在、自作の短編『Changing Direction』長編にリメイクしている。


世界に学ぼう!子育て支援◆もっとスウェーデンの子育て政策を知りたい人のために・・・
『世界に学ぼう! 子育て支援――デンマーク・スウェーデン・フランス・ニュージーランド・カナダ・アメリカに見る子育て環境』
汐見稔幸編著 フレーベル館 1,890円 ISBN4-577-81163-4

タイトルの6カ国の育児支援・家族支援に関する法律・制度、託児・保育のシステムがまとめてある。現地レポート、写真、資料、コラムが豊富でわかりやすい。社会における子育ての位置づけのバリエーションが一目瞭然。(白井)


●映画『ダブルシフト』上映予定

2006.7.9(日) 福岡県春日市/グローバルホール
        TEL:092-584-1261 
        前売 600円

   7.15(土)東京都足立区/男女参画プラザホール
        TEL:03-3880-5222
        無料

   8.22(火)静岡県御殿場市/御殿場市民民会館小ホール
        TEL:0550-83-5056 
        1,000円

   8.26(土)東京都足立区/男女参画プラザホール
        TEL:03-3880-5222
        無料

   9.16(土)東京都足立区/竹の塚地域学習センター
        TEL:03-3880-5222
        無料

2007.1.20(土)東京都世田谷区/北沢タウンホール
        TEL:03-5432-1543
        500円