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作家・青井夏海さん 

『赤ちゃんをさがせ』『赤ちゃんがいっぱい』著者

聞き手/助産師・REBORN 三宅はつえ
聞き手・文・写真/フリーライター・REBORN 三好菜穂子

 2003年2月に放送されたNHKの連続ドラマ『赤ちゃんをさがせ』は、『ちゅらさん』『さくら』に続き、NHKドラマで自宅出産がとりあげられたことから、お産関係者からも大きな注目を集めた(REBORNスタッフの三宅も『さくら』に続いて助産指導を担当)。

 主人公の亀山陽奈(ひな)は、自宅出産専門の先輩助産師・聡子のサポートとして働く新米助産師。この二人がお産に行く先で巻きこまれる奇妙な騒動の数々を、「伝説のカリスマ助産師」明楽先生が鮮やかな推理で解決する――。原作の『赤ちゃんをさがせ』は3つの短編からなる安楽椅子探偵*とよばれるジャンルのミステリー。作家の青井夏海さんに話を聞いた。


● 処女作は“幻の名著”

 ミステリー作家、青井夏海さんご自身の経歴もまたミステリアスだ。1994年に、ミステリー通の間で“幻の名著”と噂された処女作『スタジアム 虹の事件簿』を自費出版後、『赤ちゃんをさがせ』の発表までに7年ものブランクがある。

青井 20歳すぎからミステリーを書きはじめ、賞に応募していた時期もありましたが、原点に戻って自分が書きたいように書いてみたのが『スタジアム 虹の事件簿』。自費出版で500冊ほどつくりました。(編集部注 2001年東京創元社より文庫版発行)
 自分の書きたいものを形にしたことで、いったんは気が済んだのかもしれません。そこで本づくりの面白さに目覚め、今度は裏方としてお手伝いしようと版元の自費出版専門の出版社で校正の仕事を始めました。自費出版される多くの方は一世一代の一冊といった感じで、ご自分の半生記や、亡くなったご家族の思い出、戦争や抑留の体験など、強く思い入れのあるテーマで書かれます。かけがえのない一冊に日々触れることで、書くということが次第に重く感じられるようになっていきました。

● 人が生まれてくるミステリー

 執筆活動からしばらく遠ざかっていた青井さんが、新境地を開いたきっかけはご自身の助産院での出産にあった。赤ちゃんだけでなく、本邦初の助産師探偵まで産んでしまったのだ。

青井 高齢出産だったのでお産は一度のことと思い、本などを読み考えた末、「歌うお産」で知られる助産院で水中出産することに。私の出産のときも『トランペット吹きながら』という合唱曲を歌いましたよ。歌うことでとてもリラックスできたし、陣痛の合間には普通に和やかに話せる余裕ができました。ドラマでも、妊婦さんが陣痛の合間に「何だか楽しくて・・・」と、笑う場面がありましたが、とてもいいシーンでしたね。自分のお産を思い出しました。
 お産に立ち会ってくれた助産師さんとは、普段はいくら厳しいことを言っても、最後のところでは「それでいいよ」と受け入れてくれる、だからこそ厳しい言葉も聞ける、そんな信頼関係が結べた気がします。
 お産でいい思い出ができなかったら、『赤ちゃんをさがせ』は書けなかったし、お産のときに妊婦さんが歌う、というシーンも書けなかったでしょうね。

――助産師を探偵に選ばれたのは、なぜですか?

青井 ミステリーのなかで、探偵の職業というのはとても重要だと思います。職業によって、世の中を見る視点、世間や人との関わりが違ってくるからです。出産後しばらくして気持ちにも余裕が生まれた頃に、自宅出産専門の助産師さんが、お産に行く先々で事件に巻きこまれる、そんな話が書けたら面白いかな・・・と。
 また、妊娠してからは、「殺す」「凶器」「血痕」といったまがまがしい文字を見るのが嫌になり、大好きなミステリーがまったく読めなくなってしまいました。習作的にミステリーを書いていた頃は、私もかなり殺していたのですが・・・(笑)。その経験から「妊婦でも安心して読めて、胎教に悪くないミステリー」というのが、一つのコンセプトとして浮かびました。助産師探偵というのは私が知る限りなかったので、編集の方から2作目のお話をいただいたときに、「人が死ぬのではなく、生まれてくるミステリーって、どうでしょう?」と言ったら、結構気に入ってくれて(笑)。
 長男が生後10カ月のときに『赤ちゃんをさがせ』の第1話を書きはじめたのですが、家で息子におっぱいを飲ませて、寝かせて、書いて…。息子が起きたら、おっぱい飲ませて、寝かせて、書いて・・・と、こんなペースだったので、書き終えるまでに8カ月半かかりました。

――助産師の仕事ぶりやお産がていねいに描かれているのは、ご自身の経験だけでなく綿密な取材が感じられます。

青井 執筆前に構成を考えたり、出産した助産院に取材に通った時期が4カ月くらいありました。おっぱいマッサージをしてもらいながら、『助産師さんって、お産のほかにどんな仕事をされますか?』なんて取材したりして、一石二鳥でしたね(笑)。無事に本が出版され、お礼にうかがったときには、「本業のほうでもまた来てね」と言われました(笑)。

――3人の助産師の人物描写も『あの助産師さんがモデルに違いない』と、読んだ人それぞれがニヤリとするほどの存在感があります。

青井 助産師さんの取材で一番注目していたのは、実は性格です(笑)。普通、人が出会うと、最初は他人行儀でだんだん親しくなっていくと思うのですが、助産師さんには、そのプロセスがない(笑)。いきなり、おっぱいマッサージでおっぱいを見せたりするわけですから、それが嫌だと思わない人じゃないといけないわけです。
 主人公の陽奈は、助産師としてはまったく未熟ですが、「いきなり親しくできる」という性格と、妊婦さんに否定的なことは言わない、妊婦さんの味方だというところだけは助産師の自覚をもっているという設定にしました。
 ベテラン助産師・明楽先生のイメージは出産した助産院の院長先生の言葉にヒントを得ました。先生に『辞めたら何をしたいですか?』と聞くと、『山奥でお産をする人を助けに行きたい』と、おっしゃって(笑)。それって辞めたとはいいませんよね? その言葉から「3歩歩けばお産に当たる」という、「お産が向こうから飛びこんできちゃう」ようなイメージがふくらみました。

――主人公を一番若い陽奈ちゃんにしたのは、なぜですか?

青井 陽奈は3人の中で一番厳しさをわかっていないから、ときおり突飛な行動をします。若くてバイタリティがある分、非常に空回りしていて、無駄なことをしているのですが、そのことに彼女自身はまったく気づいていなくて、その行動のなかに実は手がかりがある、という感じですね。私から見て、女性として等身大なのは聡子です。気持ちは一番、聡子を愛していますよ。でも、聡子みたいな性格の人が主人公だとコメディにはならない(笑)。明楽先生は引退しているから、誰とも利害関係がないところから冷静に見ているポジションですね。『私には関係ないんだけど・・・』と、いうところから見ているという感じですよね。

――ミステリーの謎解きやプロット等はどのように組み立てられるのですか?

青井 私の場合は、書きたいことがまずあって、それをミステリーにするという感じです。こんな妊婦さんの話を書きたいとか、主人公の性格とか、謎解きじゃないところが決まらないと、まず書けない。そこを決めていきながら、最後にミステリーとしてどういう風に仕上げていこうかと考えて書いています。執筆のほうは、難産になることが多いですね(笑)。


 2003年4月に発表された、助産師探偵シリーズの第2作目『赤ちゃんがいっぱい』は、待望の初長編。青井さんいわく、「高い志もなく、なりゆきで助産師になってしまった陽奈が、自分の道を見つける」話。タイトルの意味は、最後まで読むとなるほど…と納得。ユーモアと伏線の妙は前作同様、青井ワールドを堪能できます。

また、「本格ミステリ作家クラブ」が毎年編纂している年間ベスト集のアンソロジー『本格ミステリ03』(講談社ノベルス)にも、単行本未収録の「助産婦探偵シリーズ」短編『別れてください』が収録されているので、次回作が待ちきれない方はこちらもどうぞ。

今年中に助産師探偵で短編をもう1作書きたいとおっしゃる青井さん。3人の助産師が、今度はどんな事件に巻き込まれるのか楽しみです。

*安楽椅子探偵…実際に現場に行かず、与えられた情報や状況から犯行の推理をするスタイルの探偵。

REBORNお産図書館 『赤ちゃんをさがせ』

REBORNお産図書館 『赤ちゃんがいっぱい』

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