■産科不足に揺れる長野県全域
長野県は山村が多いため交通のハードルが高い。そのため県内の基幹病院としては、3次救急病院である県立こども病院を中心に、県内10の医療圏に地域周産期母子医療センター(4病院)と高度周産期医療機関(20病院)が設置されている。しかし産婦人科医師の減少で、今年4月の段階でこの20病院のうち5つが分娩予約中止に追い込まれている。
3月には、今までハイリスク分娩と新生児搬送だけに特化し全国トップレベルの救命率を確立してきた県立こども病院に対し、県が普通分娩の枠を作るよう指示した。産科減少のしわ寄せがこども病院にまで及んだのだ。それでは今までの医療水準を守れなくなると反発した院長が辞職するという異常事態になっている。
■もはや集約化せざるを得ない?飯田市で署名運動
県南部の飯田下伊那医療圏では、2005年にほぼ同時に3つの産科が分娩取り扱いを終了した。現在は飯田市立病院(地域周産期母子医療センター・常勤医4名)と開業診療所2施設で年間2000件以上の出産となる。
医療圏では産科共通カルテを作成し、開業医・1人医長病院で妊婦検診を行い、飯田市立病院で分娩を担当するというシステムを構築した。しかし医師の集約化は地元の理解を得られず、分娩取り扱いを中止した各病院の地元の住民・母親達が医師派遣と産科存続を求める署名活動を開始しており、数万人にのぼる署名を集め相次いで県・自治体に提出している。
■シンポジウムで主張された「医師の窮状」
そんな中、3月21日、長野市で「日本と長野県における産婦人科医療の現状と今後の対策」をテーマに医師会、厚生労働省、長野県衛生部、市民代表を交えてのシンポジウムが開かれた。厚生労働省の研究事業『産婦人科医療体制の緊急的確保に関する研究』班の主催だ。
「周産期は人間が2本足で立ち上がった時から異常が当たり前になったのです。3人に1人は異常。20人に1人は早産・流産があります。地域のいいお産を守るために、搬送先である高次医療機関がしっかりしているという大前提を何としても守り抜かないといけない」信州大学の小西郁生教授が会場に訴えた。
北里大学教授の海野信也氏は学会の考える周産期医療のグランドデザインとして、体力のある中核的病院に人材を集約化した安全で効率的な分娩体制が必要と訴えた。厚生労働省の佐藤敏信課長は国の対応だけでは間に合わないため、産婦人科医師が燃え尽きない・魅力ある職場・研修先にするための労働条件(給与・就業時間)の必要性を述べた。
信州大学の金井誠講師は長野県内の全分娩取り扱い機関を調査した結果を報告した。長野県ではこの5年間に20施設が分娩取り扱いを中止した。更に、将来的には分娩の取り扱いを止める可能性があるという回答が分娩入院可能な53施設のうち15施設から寄せられた。医師を補充できないという大前提の中で、快適で安全なお産を守るためにどうしたらこれ以上医師を減らさないで済むか。志望者が増えるか。考えていかなければならないと語った。
■医師と行政だけで解決しようとしていないか?
続いて市民代表として「『いいお産』を望み上田市産院の存続を求める母の会」代表 桐島真希子さん(上田市)が発言した。「集約化は仕方がないことだとしても、ベルトコンベアーで妊婦がたらいまわしになっていくような心ない医療ではなくて、いいお産が確保できるんだということを同時に考えていって欲しい」と語った。
長野県衛生部長高山一郎氏は県内出生数が大幅減少しているのに産婦人科医師の不足感が広がっていることについてシステムの改善を訴えた。県の周産期医療対策協議会でお産の体制について話し合ってきた結果として、現状の病院間連携を評価した。
しかし、この協議会は母親はじめ市民の構成員はおらず、県の助産師会が参加を許されたのがようやく一年前からだと助産師は言う。医師・行政側が結論として産婦人科医師の集約化に理解を求めたことに対し、質疑応答では会場から周産期医療の中で「いいお産」をどのように確保していくのかの視点について疑問が噴出した。母親たち、助産師たちの胸を打つ言葉が次々に聞かれた。
県北部での開催ながら全県から赤ちゃん連れの母親たちや医療従事者が参加しており、みんなが「産科の危機を考えよう」という思いで一致していた。参加者一人ひとりの背後にさらに沢山の人の想いがあるはずだ。シンポジストの医師・行政側に想いが通じることを願う。
母親にとって出産は、命がけで産むという医療の部分と、母乳など「育児のスタート」という保健・子育て支援の部分と、両方が必要だ。一番の当事者である母親と正常産のプロである助産師を抜きに、医師と行政だけで周産期の問題を解決することはできない。赤ちゃんにやさしい、母親にやさしい、医療者にもやさしい長野県の「つくるお産」へと体制作りを地域で話し合いはじめる時だ。
2006年4月 記
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