〜ここまで厳しくなっている!妊娠と新生児の医療〜 搬送受け入れ問題のニュースは氷山の一角 |
文・取材・構成 / 河合 蘭、三好菜穂子 写真・河合 蘭 イラスト・平井さくら |
脳出血を起こした妊婦さんの搬送受け入れ問題は、社会に「安心して産めない!」という大きな不安を与えました。しかし、この事件は、周産期医療・新生児医療の現場にとっては、実は驚くに当たらないことだったのです。 REBORNスタッフが医師に会うごとに事件へのコメントを求め始めると、まず、病院勤務のある産科医は「本当にもう無理ですから!」と言いました。「手術の最中に搬送依頼が2件来たら、さあ、どの人を助ければいいんですか?」 東京の総合周産期母子医療センターに勤務する医師たちからは、受け入れ要請の半数から1/3程度しか受けられていないという声をたくさん聞きました。満床あるいはそれに近い状態が続いているため、重症例しか受けられないというのです。問題の筆頭は「NICUベッドの不足」でした。あるベテラン産科医は、施設間のコミュニケーションも年々悪化していると言います。 インターネットを使った搬送ネットワークも有効ですが、根本の問題はもっと深いところに根ざしています。毎日どこかで続く、報道されることはない搬送の危機・・・各科の医師に、それぞれの地域の現状をお聞きしました。 2008年12月 紙REBORN27号より |
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神奈川県 システムはあっても受け入れ先が足りない横浜市・池川クリニック院長 池川明医師 奈良県 誰が「重症かどうか」を判断できるのか?奈良県・久産婦人科院長 久靖夫医師 岩手県 病院の数が少なく、いい集約化ができている岩手県盛岡市・開業医 神奈川県 システムもあり、ベッドは増えても医師がいない・・・
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神奈川県 システムはあっても受け入れ先が足りない横浜市・池川クリニック院長 池川明医師 ●24時間対応のコーディネーターは助かるが、東京、千葉などへの県外搬送は続いている 神奈川県は搬送先をコーディネートする組織を県が運営するようになったので、医師が搬送先を探す電話をかけまくらなければならない状況は改善しました。24時間対応してくれるので助かりますね。ただ、県内の受け入れ病院がすべてだめな日も時々あり、その場合は他県への搬送になってしまいます。年間約100件の県外搬送があると言われています。東京への搬送が多いのですが千葉へ搬送されることもあるようです。 ●世間はあまりにも現状を知らない 他県となると、ぐっと搬送時間が長くなります。県内でも、さすがにそんな例はたった一度だけでしたが、私の経験で一番時間がかかった時は4時間半でした。、墨東病院は受け入れまで1時間半もかかったことが大問題だと騒がれましたね。その程度の時間は、私たちはたびたび経験しています。あのニュースを聞いた産婦人科医は「よく1時間半で受け入れ先が見つかった」と思っている人も多いのではないでしょうか。 ●危険なお産が救えた時に聞く感謝の言葉 緊急搬送の頻度は100人に1人から2人くらい(1.7%)です。大部分はスムーズに受け入れていただいていますけれど、やはり年に一回くらいは肝を冷やす経験をします。 ●国全体の問題としてとらえてほしい でも、ニュースを見ていると医師が批判されることが多いでしょう。たとえ極めて希な一件であっても、裁判になるニュースを見るとどうしても暗い気持ちになります。医師に対する要求は高まり、一方では医療費が抑制されています。しかし医療のことは国民をまじえた国全体で考え直さないと、これからますます機能しなくなっていきますよ。 ●送る側、受ける側の人間関係を築きたい 搬送の問題を改善するには、病院と診療所のコミュニケーションも重要です。それには連携をする施設間において研修などの名目で相互乗り入れをすることにより、お互いの立場を理解する必要があるのではないでしょうか。 医師と患者の間でも同じことがいえるかも知れないですね。問題になるケースは、よく見ると個々に違う深い事情があります。それを乗り越えられず人間関係がこじれた結果です。納得できるお産をするには、結局、ひとりずつと向き合うコミュニケーションしかないんですよ。それができる余裕のある診療をしたい、と切実に思います。 |
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奈良県 誰が「重症かどうか」を判断できるのか?奈良県・久産婦人科院長 久靖男医師 ●県内での搬送はスムーズだが、問題は県外搬送 奈良県は三次救急の搬送先はふたつしかありません。そして医大が窓口になっているので、通常は、あちこちに電話をすることはありません。ほとんどはそのどちらかで受けてもらうので、5分以内に受け入れが決まります。近い方の病院だと15分あれば着きます。 でも、時にはふたつとも一杯の時があります。医大のセンターはベッドが増床されましたが、人手不足で全部稼働していないのです。その時は県外搬送となります。この場合は、搬送先が決まるまで30〜60分かかりますし、さらに移動に時間がかかります。たいてい大阪へ行きますが、救急車をとばしても1時間かかります。 ●脳出血は、搬送システムに大きな影響をうける疾患 緊急搬送になる人は80〜100人に1人くらいかと思います。理由は切迫早産、早期前期破水、極小未熟児(IUGR)が多いのですが、母体の合併症はとりわけスピードが大事で、一刻を争うことがあります。脳出血はきわめて死亡率の高い疾患で、時間を争う病気ですね。出血している部位が生死を分けます。表面に近い部位なら、早い手術によって助かる率は高まります。脳幹部、脳底部なら致死率は高くなります。救急体制に左右される典型的な疾患が脳出血、というわけです。 私は大阪府母子医療センター立ち上げに関わり、その時に母体の脳、心臓、内分泌などを診られる専門医をセンターに集めたいと思ったのですができませんでした。阪大の病院にいたときはいつもそれぞれに専門医がいてバックアップしてくれたから、その点は本当によかったですね。救急外科もありましたし。私たちは母子の独立したセンターを全国に作ってきたわけですが、実は独立した周産期センターは無理で、総合病院のひとつのユニットであるべきだったかと思います。 ●経験豊かな医師でなければ、電話で来ても「重症かどうか」を判断できない しかし基本的な問題は医師不足です。それも特に中堅の医師がいないことが深刻な問題です。受け入れを頼んでくる電話をどんな医師が受けるかは大きな問題です。まだ経験の浅い医師は、電話で状況を聞いてもどれほどの危険性がある状態なのか判断できないこともあります。 ●奈良で始まった搬送コーディネーター制度の問題点 これは奈良県にも同じ心配があります。奈良県は大淀病院の事件をきっかけにコーディネーターが搬送先を探すシステムができました。でも、コーディネーターをしているのは、一部が助産師さんなんです。経験豊かな医師でないと、大淀病院や墨東病院のようなケースの場合、正確な判断は難しいものです。また、まず助産師さんが搬送先からの電話をとって状況を聞き、それを医師に伝えて搬送先を探しているので時間のロスもあります。 ●医師の報酬が安すぎる公立のセンター病院 医師を増やすには新研修医制度をやめなければなりません。ひとつの科に3ヶ月いるのですか、そんな短い研修で何がわかるのかと思います。むしろ、医学部の教育のカリキュラムを優秀な臨床医を育てる実効性のあるカリキュラムに変える方が重要です。指導する医師も、何科に行くのかわからない者に熱心に指導することはできませんから、育てようというモチベーションは下がりますし負担は大きくなるばかりです。 センター病院の立て直しには、報酬の問題もあります。奈良県立病院の院長は、今、公募している状態です。年収が民間施設の2/3か半分くらいしかないのに仕事が忙しく、いろいろな管理責任が山のようにあるので、やりたいという人はなかなかいません。かつては、県の医療の要職で、なりたいと思う人がたくさんいたポストですが。 ●保身の医療が増え、力のある産婦人科医が育たない そもそもお産を扱う産婦人科医が減りました。お産はやりにくくなった、と私自身も感じています。多くの産科医は「いつ訴えられるかわからない」という不安を強く持っています。産科は、良心的にやろうと思えば思うほどリスキーな仕事になります。だから萎縮し、保身的な医療として帝王切開にしてしまうようになるんです。本当に母と子にとっていい産科医療がやりにくい条件が増えています。そして、実力ある臨床医が減りつつあるのが今の産科医療だと思います。 |
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岩手県 病院の数が少なく、いい集約化ができている岩手県盛岡市・開業医 ●病状に応じて3つの高次施設へ――電話から病院到着まで早ければ20分 盛岡は搬送に手間取ることはほとんどありません。特に盛岡市内には岩手医大、県立中央病院、盛岡日赤などの高次施設が近接してあるのでとても助かります。ほとんどの医療施設から、それほど時間がかからず高次施設まで搬送することができると思います。 ●東京は病院が多くて集約化が難しい? 岩手医大も満床の場合は受け入れてもらえないことがあります。でも、岩手県の総合周産期母子医療センターになっているので、その場合は他を探してくれます。それに、他を当たると言っても、盛岡市内には搬送受け入れができる高次施設が3施設しかありません。 ですから、搬送先探しに時間を要することは都会にくらべれば少ないかもしれません。 「東京はリスクの高さに順じた搬送先の区分けがあいまいな部分がある。東京には周産期センターが多すぎる」とテレビで元宮城県知事が言っていましたがそのとおりかなと思いました。 ●お産を扱っている個人の開業医には、センター病院の当直に入る余裕はない 高次施設の先生方の負担は大きくて大変だと思います。時々、県立医大に来た正常妊娠の方が、私のところに紹介されることがあります。そのようにして、施設によって受け入れる妊婦さんのリスクに応じた役割分担をしていくと高次施設の先生方の負担は少なくなるのではないでしょうか。 ただ、桝添さんが提案しているように、開業医がセンター病院の当直をしに行くというのは現実にはなかなか難しいと思います。少なくても自分の医院でお産を取り扱っている開業医の場合は自分の施設でのお産に精一杯でとても余裕がないのです。でも搬送した患者の帝王切開の助手はできるかと思います。 ●外来で慎重に診て、リスクが高ければ早めに高次施設へ紹介する 状況が厳しくなっているので、最近は前より慎重なお産をするようになっています。VBAC(帝王切開をしたことがある人の経腟出産)をすることが少なくなってきました。 外来でよく診て、少しでもハイリスク傾向のある人は、緊急搬送にならないよう、妊婦健診で、できるだけリスク因子を見つけ出して高次施設に移ってもらうように心がけています。月に2〜3人は高次施設に紹介していると思います。そのためか緊急搬送は少なくなっていると思います。 |
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神奈川県 システムもあり、ッベドは増えても医師がいない・・・
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埼玉県 県内だけではNICUの必要ベッド数が足りない
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県名 | 人口 (万人) |
06年の出生数(人) | 総合周産期母子医療 センター |
地域周産期母子医療 センター |
NICU床数 | NICU床数/出生数 |
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東京 | 1,283 | 101,674 | 9 | 13 | 222 | 458 |
神奈川 | 891 | 79,118 | 4 | 11 | 137 | 577.5 |
埼玉 | 711 | 61,201 | 1 | 5 | 83 | 737.4 |
千葉 | 612 | 51,762 | 2 | 4 | 111 | 466.3 |
茨城 | 296 | 25,128 | 2 | 4 | 18 | 1396 |
栃木 | 201 | 17647 | 2 | 8 | 21 | 840.3 |
群馬 | 201 | 17,061 | 1 | 4 | 30 | 568.7 |
合計 | 4,195 | 353,591 | 21 | 49 | 622 | 568.5 |
(平成20年4月1日現在、埼玉県医療整備課調べ・全体数と出生数あたりのNICU床数はREBORN編集部で追加)
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