お産・医療・ごはん

クリスマスのない世界
河合 蘭


「来週のこの日が校了日ですから、来てくださいね。終わりは夜中です」「はい」‥‥と言ってから、ハッ!と気がついた。その日は、クリスマス。そうか。離婚って、こんな風に始まるのかもしれない。

「今年のクリスマス、ママ仕事」と言うと、小1の末っ子は泣き出した。そりゃそうだな。クリスマスの夜、きょうだいでコンビニ弁当食べて過ごすクリスマスって、一体どんなものだろう。終業式の日でもあるのになあ。ちなみに父親は、夜遅く寝に帰ってくるだけである。

しかし考えてみれば、幸い日本家庭がおこなう意味不明のクリスマスとは、すなわちイブの日の夕飯だ。それに賭ければ、このピンチも乗り切れそうだ。
「あのね。クリスマスは、本当は前の日に家族でパーティーするのよ。クリスマス当日はキリスト教の人たちが教会に行って静かにお祈りする日」

最初は「うそだ〜」と言っていた下の子も、やがてお友達宅でもイブのパーティーが多いことがわかってきて、だんだん気持ちが明るくなってきた。ただイブの日も、時間的ゆとりはかなり厳しい状況ではある。夕食に使えそうな時間は、2時間くらいだ。

「よし、全部買っちゃえ」
イブの日、サラダに至るまですべてテイクアウト、というREBORN宮下にはちょっと言えない手段で食卓を作る。財源はつい1時間前にいただいたイメジェリークラスの浄財だ。チキン、スープ、赤とグリーンの効いた花束、ワイン。食卓の横には、数日前に滑り込みで飾った大きなクリスマス・ツリー。

2時間後――無事に下の子も大満足して、イブの日の夕食が終わった。
「楽しかったね。じゃ、ちょっとお仕事してきます」
と仕事部屋に入り、まず取材先のドクターに電話をかけた。

すると仕事の話の途中で、突然に彼は、こう言った。
「あれ、そういえば河合さん。今頃何してるんですか。今日はイブですよ」
そう言うこの医師も、こんな夜まで医局にいるのである。そういう人に、こういうせりふは言われたくない。

「先生こそ、よろしんいですか。おうちに帰らなくて」
「いや、僕は今年から単身赴任なんです。でも、さっきふと、いつもだったらケーキ切ったりしていたな、って思い出していたところです」

その時、ああよかった、と思った。彼の心には、クリスマスがあった。めちゃくちゃな暮らしをしていても、やっばり産婦人科医(家族作りを生業とする)、ということか。

次の夜私は、家から遠く離れた、クリスマスのない世界で終電まで校正をにらんでいた。私は「仕事が休めない」と言う親たちを責めない。私も同じだから。

仕事場にいながら、心の中で灯すキャンドルもある。廊下から携帯で家に電話を入れると、子どもはもう寝たようだった。

2004年1月記す

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