開業助産婦日記

 自宅出産:最初の一歩

三宅はつえ


それは1本の電話で始まった。
「“全国助産院マップ”を見て電話したんですけど、自宅出産をうけてもらえますか?」
 わ〜、きたきたきた!どうしよう?! これが率直な感想。たしかにマップの出張分娩の項目には○がついている。実はこれは「三宅さん、そのうち自宅もするんでしょ?」と言うことで支部長がつけてくれたもの。今のところは「保健指導出張開業」のつもりだったけれど…
開業したからには、いずれお産にも手を伸ばしてみたい、とは思ってみても、24時間365日の拘束には、まだ耐えられそうにない。子供や他の仕事とのかねあい。色々理由を見つけては、「受けられない」ことを正当化しようとする自分。
 そんなときに恩師から、暖かくも厳しいお言葉。
「お産を取らない君には、助産婦としての実が欠けている。0たす0はいつまでたっても1にはなりませんよ」
 何度も何度もこの言葉をかみしめた。
「最初の一歩はだれにもあるんだ。がんばってみよう!」
 こうして、覚悟は出来上がった。
 あれこれ悩んだ理由の一つは、パートナーが近くにいないこと。最近の自宅出産はペアを組んで受けることが多い。これなら、より確実に連絡が取れるし、お産の時にも動きやすい。
「三宅さん、受けようよ。わたし、行くわよ!」といってくれたのは、両国のSさん。産宅まで電車で2時間。夜中は電車が動いていないから、栃木県のKさんにも声をかけた。こちらは高速を使って1時間。うちは茨城。産宅は群馬県、といっても、県境のうちからは車で15分。なんだか色々なところから人が集まることになった。なんとか人の手当がついたところで、お返事。
「受けさせていただきます!」
 彼女が自宅出産を選んだのは、一人目のお産の時に、分娩台が高くてコワかったこと。それに、お産の入院で上の子と離れたくない、などなど。ん〜、その気持ち、わかる気がする。
 お次は病院の手配。万が一に備えて、緊急搬送先を確認。お産には「絶対大丈夫」は言えないことだから、これはとっても大切。あとはお産に使う機械類と「もしもセット」
 お産のために組んだのは、膿盆にコッヘル1本、ペアン1本、ピンセット1本に鋏が2本(1本はお臍用)、臍帯クリップ、クレンメ(会陰がちょっと切れたときに使う金具)、防水シーツに分娩シーツ。大人用の紙おむつを1枚。これは産直後にはなかなかの優れもの。よこもれ、うしろもれを大きくカバー。安心して横になれる!「もしもセット」の中身は 


・点滴2セット
 ・子宮収縮剤
 ・1リットルの酸素ボンベ(流量計付き)
・縫合セット
 ・滅菌手袋
・吸引カテーテル

お産は予定日より1週間遅れ、満ち潮とともに始まった。和室に布団を敷いて、部屋は薄暗く。ラベンダーを焚いて「エンヤ」の曲をかける。引き潮に向かって、一時は遠のいた収縮も、次の満ち潮に向かって順調に進み、お昼ちょっと前に赤ちゃんは産声をあげた。春のうららな日、楽しげな子供達の声を遠くに聞きながら、「あ〜、手作りのお産だな〜」 しみじみ、そう思った…
 この「最初の一歩」を踏み出させて下さった多くの方々に、この場をお借りして「深謝」。

REBORN第15号1997年4月号に掲載したものです。

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