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Soo Downeさん 講演会録
「正常出産をどう考えるか」講演会&ディスカッション

助産師ネットワークJIMON&REBORN 共同企画
2004年10月30日 横浜市小机地区センター

本文まとめ/きくちさかえ 写真/河合蘭

正常出産の本質とそれをとりまく文化、助産師の役割を研究されているイギリスのセントラル・ランカシャー大学教授、Soo Downeさんが2004年秋、京都での第1回正常出産カンファレンス(正常出産研究会主催)特別講演のため来日され、私たちも講演会を開きました。出産には愛のある助産師が必要であること、変わるべきは自分自身から・・・と、愛と情熱に満ち溢れたSoo Downeさんのお話は、目の覚めるような講演会でした。

●出産状況、データ報告

助産は、女性をサポートするという意味で、昔からくり返し議論されてきました。時代が変わっても、産む女性を優しく見守ることが大切だということに変わりありません。

私はこれまで正常出産がなんであるかということを考えてきました。今日はみなさんと、どのように正常出産を守っていくのかということを分かちあいたいと思います。

イギリスではこれまで、助産師は看護師の資格を取得したのち18ケ月間、助産学を学んでいました。今ではダイレクトエントリーと言って、看護資格を経ずに直接助産学を学べるようになりました。これは大学にあるコースで3〜4年のコースです。彼女たちは最終的に学士を取得し、その後は臨床で働くほか、母乳の専門家として働いたり、正常出産を守る助産師としての質を高める管理職についている人たちもいます。

正常出産について考える前に、いくつかのデータから、出産の現状を見てみたいと思います。ここに2001〜2003年の帝王切開の統計があります。オランダは14%と低い率を保っていますが、ニュージーランドは22→23%、イギリス21→22%、アメリカ22→26%となっています。このように帝王切開率が上昇している事実がある中で、正常出産はどのようになっているのでしょうか。

Dr.フォスターという方が、イギリス中の産科病院とバースセンターなどでアンケートをとった結果をまとめたガイドブックがあります。それによると、ある病院では他の病院に比べ鉗子出産率が25倍も高く、ある病院では他の病院より帝王切開率が2倍以上という施設もありました。鉗子や吸引分娩の割合が上昇している病院が多く、帝王切開率も上がっています。それらの病院はとくにハイリスク妊婦が多いとか、助産師が少なかったわけでもありません。ただ、そうした病院の助産師たちは正常出産に対しての姿勢が希薄だったということがわかりました。この調査は、新聞や雑誌にもとり上げられ反響を呼びました。

これは研究者たちが想像していた以上の結果でした。医療化した出産は医師の介入によるものと言われることが多いのですが、これは正常範囲のローリスクな女性を対象としたもので、助産師が介助したケースです。助産師による出産も医療化されているということがわかったのです。

●正常出産は7%?

私は助産師の立場で調査をしたいと、トレントという地域でいくつかの病院を無作為にピックアップして調査しました。年間出産件数が1000件くらいの病院が主ですが、大きな病院では年間6000件ほどの出産があります。5ケ月間そうした病院に入り、その中の3週間を継続的に調査しました。人工破膜をせず、促進剤や硬膜外麻酔を使用しない正常出産を調べました。

結果は、初産16.9%、経産婦30%でした。全体的に見ると24.6%の女性しか完全な正常出産をしていなかったのです。

この調査では一応、硬膜外麻酔をしないものを正常出産としていますが、イギリスの場合、無痛分娩は硬膜外麻酔だけでなく笑気麻酔を使うことが多く、24.6%の中には笑気麻酔を使った例が含まれている可能性もあります。麻酔を使わず、何の医療的介入も行なわない出産ができた母親たちは、全体の7%くらいではないかということがわまりました。

ということはイギリスにおいて正常出産はとても難しく、あたりまえであって、あたりまえでないということになります。

この統計を示すとほとんどの助産師たちはびっくりしますが、似たような調査はドイツとアイルランドでも行なわれていて、そこでも同じように正常出産は全体の7%ほどというデータが出ています。ですので、世界的に見ても同じような傾向ではないかと思います。

一方で私は同僚とともに、アメリカとイギリスの家庭出産とバースセンターを調査しましたが、そうした医療化されていない環境の中でも、転院率は22%で、女性たちは何らかの理由で病院に搬送されていました。

●お産の体験に耳を傾ける

女性のニーズに答えるという意味で、帝王切開や硬膜外麻酔を望む人の場合には、正常出産にこだわる必要はないという意見もあります。しかし、そうした出産が赤ちゃんに与える影響 --- 免疫環境、呼吸器、ストレス、母乳哺育、乳幼児期の成長と発達について考慮する必要があるでしょう。

母親の健康面での影響については、身体面への影響のほか、自力で産まなかったことによる精神的な喪失感を感じることがありますし、自尊心や自立する勇気の欠如、またそうしたことによって、母乳哺育や育児へ向かう気持ちなどにも影響が出る可能性も考えられます。

出産は女性の人生の中で、ひじょうに大きな出来事ですから、だれかが出産の体験に耳を傾けてあげることはとても大切だと思います。

ある女性はこんなことを言っています。「結婚やはじめてのセックスと同じように、出産は人生にまったく新しい観点をもたらすことを知りました。これはこれまで感じたことのない経験です。出産はすばらしい。私の体験を評価したいと思います」。

またほかの女性はこう言います。「私の出産体験はとてもひどいものでした。私は最悪の母親になってしまった気分です。医療者に『気にしなくていいわ、だって元気な赤ちゃんを産めたんだから』と言われましたが、その言葉に私は深く傷つきました。もちろんです、赤ちゃんは元気、なんの不満があるでしょう。けれど、私の気分は落ち込みます。ときどき自殺さえ考えるようになっていたのです。私のほんとうの気持ちの評価はだれがしてくれるのでしょうか」

もちろん健康な赤ちゃんであるということはとても大切なことです。最近は子どもの数が少なくなっていますから、安全性は基本的なことです。しかし、女性たちにとって出産はそれ以上に精神的な体験でもあります。出産で傷つき、トラウマとなって残ってしまうこともあります。「元気でよかった」という言葉だけではすまされない、それ以上に心に傷を抱えることもあるのです。

さきほどの女性が、のちにこのように述べています。「私は第1子を病院で出産しました。医療化された中でさまざまの介入をされたお産は、忘れたくても忘れることはできません。ふたり目の赤ちゃんは自宅で出産しました。上の子どもと夫といっしょに自宅で出産した経験は、私の人生の中でもっとも意義のある、また自分をエンパワーさせる大きな体験となりました」

昨日、横浜の助産院を訪れたのですが、ちょうど生後3日目の経産婦さんが赤ちゃんといっしょに泊まっていました。その女性はひとり目を病院で出産していて、それはそれで満足だったのですが、今回助産院で産んでみて、同じ出産という体験がこれほど違うものかと驚いたと話してくれました。日本でも、同じような体験をした女性に会えたことをうれしく思いました。

これだけ出産は、女性の人生を変えてしまったり、考え方を変えてしまう影響力をもっている。助産師はそれを知って、その女性を尊重し大切に思うということが重要です。助産師のやったことや言葉などは、そのお産が彼女にとってプラスであろうとマイナスであろうと女性の心に深く残る。私たちはそのことを忘れてはなりません。

●お産の体験に耳を傾ける

今イギリスの助産師たちは、やっていることと望んでいることが違うという、ジレンマに陥っています。その原因は、医療化し過ぎている出産現場の状況が上げられるかもしれません。病院ではすべてがテクノロジー化され、仕事が機械にのっとられた形になってしまっています。医師の管理下で、助産師は自分たちのやることはないのだと自信を失っています。リーダーの欠如もあげられるでしょう。女性たちが出産に対して恐怖感をもっていることや、出産率が低下していく中でさらに安全性が重要視され、正常出産ができにくい状況もあります。

しかし一番大きな原因は、助産師が出産に対する信念、信頼を失っていることです。イギリスでは多くの助産師がそうしたジレンマを抱えています。信念、信頼を失ってしまったから正常出産というものがわからなくなり、ケアができない。助産師がそういった信念を失ってしまえば、産婦さんも期待をもつことができません。

ニュージーランドは、自然出産や正常出産に関して助産が見直され、モデルにもなっている国です。2004年の統計を見ますと、医療介入が減少し、出産する環境が改善され、いいリーダーが育っている。ところが話を聞いてみると、やはり助産師たちのお産に対する信念や信頼の喪失感は同じだと、多くの助産師が話してくれました。

初産の70%に硬膜外麻酔が行なわれていました。しかし、麻酔をしても経膣分娩であれば、正常出産であると思ってい助産師が90%もいたのです。「私たちはルーティーンの処置をすることはありません。処置はケースバイケースで、やるときもあれば、やらないときもある。ひとりひとりの経過を見て必要なことをしているのです」。そう言って介入をしている助産師もいます。

助産師が正常出産を介助しているニュージーランドでも、助産師がどういうケアをするかというのは、その人の判断による。麻酔をしても正常と考える人もいれば、何もしないで自然に任せることが正常だと考える人もいます。日本の助産師や産科医の中にも、同じ思いを抱いている人はいるのではないでしょうか。

●女性は暖かみのあるケアを求めている

正常かどうかは問題ではなく、女性にチョイスを与えるということが大切であるという意見もあります。確かにチョイスは大切ですが、そこには新たな疑問が出てきます。チョイスとはいろいろ面で選択ができるということですが、どこで産むか、彼女たちが何を望んでいるのかと同じように、硬膜外麻酔や帝王切開の選択も女性に与えられるということになります。

エジプトで出産経験をした女性たちの調査を紹介しましょう。エジプトは死産や新生児死亡が多い国です。なので安全性を考慮して、病院出産が推賞されています。調査の中には、病院での出産をした人たちとレイミッドワイフ(伝統的産婆)の介助で産んだという人たちがいました。レイミッドワイフは、法律的には出産には介助してはいけないことになっているのですが、まだ密かにそうした出産も残っています。

病院で出産したある女性は「私は教育を受けた女性です。大学病院では多くの専門家がいて技術もしっかりしているしテクノロジーもあるので、そういった意味では安全性が高いということはわかります。しかし、出産には技術よりも愛してくれる人がいることのほうが必要なのではないかと思います。それは産んでみてわかったことです」

このように、病院での出産のほうが安全であると考えられていても、実際には出産した女性は暖かみのあるケアが必要だと感じているのです。

●健康を継続させるサルトジェニックなアプローチ

なぜ、医療システムは信頼を失ってしまったのでしょうか。アメリカでもヨーロッパでも、日本でもそうだと思いますが、病理学を中心にした考え方が医学のベースになっていることがあげられると思います。医学は病的なことを見つけることに重点がおかれている。もうひとつは、枠組みがあってそれに忠実であることが当然だという考え方です。

たとえば、逆子は帝王切開の適応というガイドラインをつくっているところは多いと思いますが、実際にはある助産師は逆子であっても経験によって介助できる人もいます。しかし、ガイドラインがそれはいけませんよと言うので、そうしたケースを介助すると批判されてしまう。医療のガイドラインが、正常出産のあり方を規制してしまうところがあります。

では、正常出産を本来の姿に元に戻すということは、どのようなことなのでしょうか。イギリスでは、助産師の組織と私たちがやっているような助産学リサーチの組織とが共同して、いろいろ研究をして参りました。その中で、新しい見方、新しいものの考え方を以下にまとめました。

---『Normal Childbirth』(2002年7月)の中から「正常出産」について考え方。

1.物事をうまくいく方向で考える(サルトジェニックというアプローチの仕方)
2.新しいものの見方で仕事する
3.信念、プライド、愛、信頼、尊敬に価値を見出すこと
4.生理学的助産技術に価値を見出すこと
5.サルトジェニックなマタニティケアを実践すること

サルトジェニックというのはギリシャ語からできた言葉ですが、健康を継続させるという意味です。健康な妊婦は病気ではありませんから、正常出産ができるはずだという見方です。

出産はいろいろな要因が複雑にからみあっています。だれも分娩がどれくらいかかるのかは予測できないものです。ですから、ガイドラインがあっても、それに振り回されてはいけない。産婦のニーズを聞き、それに添ったケアを提供する必要があります。助産師は女性に寄り添い、彼女のリズムにあわせることが大切です。女性がもっている産む力が、健康的な満足のいく経験に導いてくれる。それが、産後の母親と赤ちゃんの健康維持につながる、そう信じることが必要です。

出産はその女性の母親や姉妹のしたお産と関連があり、とても個性的なものです。女性が出産しているとき、彼女にとって何が正常であるのか理解しなければなりません。

出産は、医学的知識やそれまでの経験だけでは、捕らえられない側面があります。科学的な知識は必要ですが、それはともすればコントロールになってしまいます。それ以上に必要なのは愛情なのです。科学を頭で理解するだけでなく、心からわかって尊重し、愛情を注ぐことが本当の助産学ではないでしょうか。

助産に必要なのは、熟練した技術、使命感、そして智恵なのです。

●恐れを捨て、勇気を広げよう

正常出産を考えるとき、医師を変えなければ何も変わらないという意見もあります。病院のシステムやリーダーに問題があるからそれをなんとかしないといけないと思っている人たちは多いと思います。でも、出産の現状を変えるには、助産師が熟練したケアの技術と使命感と智恵をもっていなければ、システムを変えたり、医師を変えようとしても絶対に変わりません。

カナダのある病院では、何人かの助産師がチームになって、ハイリスクの妊婦に6ヶ月間継続的に一対一のケアを試みました。すると、一番ハイリスクだった人のリスクが6ヶ月後に少し低下したということです。助産師がハイリスクのレッテルを変えていったのです。自分ができるケアをていねいに提供すること、それによって改善するという信念があれば、何かきっと光は見えてくるはずです。

人間はふたつの異なる感情を持っています。それは、愛と恐れです。行動にも動機にも、それは表れます。助産師は恐れの中で助産をしていることがあります。恐れを捨てて、医師との信頼関係を深めていけば状況も変わり、助産の中にも愛が溢れてくるのではないでしょうか。

私は、これから正常出産をとり戻すための鍵になるのは「勇気」だと思っています。責任をとれる勇気。エビデンスも必要ですが、助産師としての直感を奮い起こす勇気も必要です。

そのために私たちがイギリスでしなくてはならないことは、何が正常出産であるかを把握するためにディスカッションをすること。キャンペーンをして世間に知らせることもできるでしょう。互いの組織の力を分かち合うために、ネットワークし、研究カンファレンを開くことも必要です。

私たち自身がまず何が大切なのかを知り、女性たちのニーズと満足のいく出産を知ること。そして波の小さな輪が一滴一滴づつ大きく広がっていくように、みんなで広めていきましょう。 

スタートの場所は、自分なのです。

■講演会の最後に朗読された詩です

ミッドワイフ

「そろそろです」私たちの中のひとりが
受話器にささやく
でももう彼女にはわかっている
とうにカバンも準備して
秘密のものをあれこれ詰めてある

主役のスター、
第1バイオリンが
最初の位置につく
そしてマエストロはあの人だ
私たちにはわかっている

彼女はしなやかな手つきで
さりげなく、ぴったりと
私たちをいるべき場所につかせる
とにかく彼女について行こう

彼女が私たちを前進させたいとき、またわきに寄せたいとき、
その熱のこもった指先や表情を見れば
タイミングがわかる
私たちはすっかり、響き渡る魔術の世界に引きずり込まれる

そしてそこで私たちは皆、
エキストラも一緒に
はなばなしいフィナーレを迎えた
彼女は主役に祝いの言葉をかけ、
舞台を降りていく
(主役はもう2人になっている)

私たちも喜びを口にする − はい、ありがとう
彼女はシャンペングラスを手にするだろう
まるで、特別なことなど何もしなかったかのように
これぞ技術
これがスタイル

ローリス・エドモンズ作 (ニュージーランド)
ヘレン・ウォー(助産婦)にささげる詩 
訳・伊藤央子、飯村ブレット

 


◆Soo Downe先生 プロフィール
ダイレクトエントリーの訓練を受けて1985年に助産婦資格を取得。その後15年間、ダービー私立病院で臨床、研究、プロジェクト開発などに携わる。2001年よりセントラル・ランカシャー大学に籍を置き、現在は助産学教授を務める。2002年10月に助産学研究ユニットを立ち上げるとともに第1回正常出産研究会議を主催。最近の主な研究の焦点は正常産の本質とそれをとり巻く文化。正常出産会議は今年6月に2回目が開催された。会議のねらいは「正常な出産という領域のエビデンスを発展、普及させ、また臨床実践、教育、管理、スーパービジョン、政策、さらなる研究協力を推進するための機会を提供すること」にある。イギリスはもちろんアメリカ、カナダ、ニュージーランド、オーストラリア、ドイツ、オランダなどから研究者が集まった。合言葉は「出産は生理学的プロセスである」「助産婦は一人一人の女性の陣痛と出産に個別に応えていくことが求められている」など。
著書 『Normal Childbirth』2002年7月・英

 

●このご縁をくださった、京都の第1回正常出産カンファレンスを主催された正常出産研究会の皆様、一緒に企画運営をしてくださった助産師ネットワークJIMONの皆さん詩を訳して下さった伊藤さんと飯村さんに、心より感謝申し上げます。(熊手)