REBORN ARCHIVES

ホーム > Human Birth Parkトップ > 人間的なお産とは

人間的なお産とは

ブラジルで制作されたビデオ
『De volta as raizes 根をもつことにもどる』ナレーションより

 「人間的なお産 humanized birth」という概念が、いま国を越えて注目されています。帝王切開率が平均40%に及ぶ国ブラジルでも人間的な出産の概念に共鳴して産科ケアを変えようとしている医療者たちがいます。ブラジルで展開されたJICAの国際協力プロジェクト「プロジェックト・ルス(光のプロジェクト)の中心であった三砂ちづるさんの訳で、ブラジル製ビデオ『De volta as raizes 根をもつことにもどる』の珠玉のナレーションをご紹介します。

訳・三砂ちづる/写真撮影・きくちさかえ

De volta as raizes - 根をもつことにもどる

いのちは海からきた。
子宮は、命の歴史の繰り返しをはぐくむ。
こどもは水からやってくる。いのちの歴史が海からやってきたように。
子宮のいのちは、すべての歴史を繰り返す…。

何万年もの間、女性の身体と出産、というできごとは男性にとって、ただ神秘的なものでした。これらの神秘の力を押さえつけるためには、女性のセクシャリティーを抑圧する必要があり、男たちは、技術の力で、女性の身体の神秘に打ち勝とうとしたのです。あたかも、技術が女性の身体より優秀であるかのように。


  出産は、冷たく、消毒された環境につれ去られてしまいました。家族的なあたたかい雰囲気からは遠く、技術を優先させ、心理的に距離をおこうとする医療スタッフの前に、女性たちはただ、無力を感じるのみです。医療スタッフからは、安心感や、愛を感じることはありません。病院における、ノルマや、規則だらけのルーティンや、自由のない体位は、女性から自由を奪い、自然なお産の経過を妨げます。

 へその緒は暴力的に切られ、母親と無理やり引き離された生まれたばかりの赤ちゃんは、パニックを起こして泣き叫ばねばならなくなります。女性たちは、生まれたばかりの赤ん坊と豊かなかかわりをもつ最初のチャンスを奪われます。生まれた赤ちゃんは、母親とは離れた部屋にいれられ、決められた授乳時間に、わずかの間、母親と過ごすことができるだけで、赤ちゃんの自然なリズムはまったく尊重されません。出産と出生は、こうして、なんとも空虚な経験と化すのです。機械的で、迅速で、金の儲かる場、それが今の出産なのです。

 でも、お産は、はたして、赤ちゃんを母親の身体から取り出す技術、というだけのものでしょうか。いいえ、お産は、もっと、ずっと、深い意味のあることなのです。お産は女性の人生にとって、もっとも深く、創造的な経験となることができるのです。


 妊娠

 すべては、妊娠から始まります。9ヶ月の間、女性は少女からの時をもう一度繰り返すかのようです。こどもにもどったように、素直で感じやすくなり、そうなることによって、おなかのあかちゃんとのコミュニケーションがとりやすくなります。同時に、女としてもぐんぐんと成長していきます。妊娠は、女性に、出産と子供との付き合い、という新しい経験に、責任と自身を持ってむかえるような力をあたえてくれるのです。妊娠期のホルモンは女性の身体から、かたさをとり、やわらかくしていきます。また、生きていくリズムがしずかに、緩やかになり、生まれてくるいのちに、時間と場所を準備するようになります。女性として、エネルギーに満ちて、日々美しくなっていきます。生き生きと魅力的になっていきます。身体と宇宙の全体性にめざめ、深い満足に満ちてゆくのです。


 妊婦同士のグループ

 妊娠期に、妊婦同士でグループを作ることはとても大切です。お互いに経験を話し合ったり、疑問を解決しあったりして、一人一人におこってくる感情の変化について、よりよく理解することができるようになります。これらのグループは、女性一人一人が自分の妊娠をよりよく理解し、落ち着いた妊娠生活をおくることができる助けとなります。

 このグループは、妊娠中に女性の身体に起こる変化を理解することに重点をおく必要があります。はじめはだれでも、この妊娠を受け入れるのか、拒否するのか、という複雑な感情を感じるものです。5ヶ月ぐらいになると、もう赤ちゃんの動きを感じることができるようになり、おなかの中の存在について十分感じることができるようになります。赤ちゃんとのかかわり、というものが生まれてくる時期です。女性の身体は、大きくなり、線が崩れ、個としての理性的なコントロールの余地はだんだんなくなってきます。妊娠期の終わりには、今まで一緒にいた母と子の別れ、という様相を呈してきます。赤ちゃんは頭を下にして、生まれてきたい、というサインを送るようになります。巣づくりの時期です。女性はさらに、深く自分をゆだね、生まれてくるいのちを送り出し、そのいのちに自らの人生を歩ませる準備ができてきます。


 陣痛

 収縮がだんだん強くなり、女性は「出産の痛み」という現実にむきあいます。くりかえす痛みは、女性に、ただ、あなた自身であれ、ということを思い出させてくれます。収縮はさらに強くなり、女性はさらに、そのからだと魂の両方をゆだね、赤ちゃんに生まれてくる"場"を提供できるようになります。女性は、このかけがえのない、あなただけの、あなたらしい豊かなプロセスに完全に集中していきます。収縮が強くなると、女性は、なるべく痛みを少なく、快適に過ごせるような姿勢を自分でとることができるように、自分の気持ちをさらに解き放ち、自由でいられることが大切です。

 お産の自然な姿勢は、仰向けに寝ることではありません。仰向けに寝ると、重力に逆らっていることになります。座ったり、しゃがんだりする姿勢がいいのです。そうすると、骨盤の出口をひろくなり、赤ちゃんがおりてくるのをたすけるのです。

 出産が近づいてくると、女性は、自分でも気づいていなかった、大きな力を発見します。このようなとき、あたたかな雰囲気、静かな音楽、ひとのやさしさ、やさしいマッサージ、があれば、女性はいっそう、大きな力に身をゆだねやすくなります。赤ちゃんの頭を感じながら、外へ押し出すのです。お母さんと赤ちゃんが出生を"交渉"しながらともにすすめていきます。双方にとって、とても深い連帯感を感じるプロセスです。

リビア・カルネイロ(産科医)

 出産にかかわっている医療従事者であるわれわれに問いたいのは、「この特別な瞬間にある女性に、どのような手助けができるのか?」ということです。女性たちは、文化的に刷り込まれている「お産の痛みへの恐怖」と向かい合わなければなりません。わたしたちにとって、「お産の痛み」は、そのようなものだと教えられ、いつもその痛みの存在に脅かされ、そして、極端な言い方をすれば、「痛くあるべき」と、期待されているようなものです。この痛みへの怖れは、女性の身体を緊張させ、子宮口が開くのをさまたげます。

 産科医の役目とは、一人一人の女性に集中し、痛みをやわらげようとすることによって、この「痛みへの恐怖」をどうやって乗り越えるかを手助けすることです。お産のケアをするとは、一人一人の女性の、その個性的で、ただひとつしかない人生のすごし方を尊重するということです。一人一人の人生の歩み方は、あなた自身の人生の歩み方とは、異なります。ひとりひとりが自分自身であろうとする感情の表現である、自然な振舞い、うめき声、身体のうごき、などを、脅かしたり、妨げたりしてはなりません。ひとりひとりの女性に深くかかわることにより、われわれは、我々自身の「忍耐」、「待つ力」を開発させていくことができます。産科は、ある条件のもとに、「待つ」ということを知る芸術、なのです。

生まれた赤ちゃん

 女性たちに特別なケアが必要なのと同じくらい、生まれてきた赤ちゃんにも特別な注意がはらわれなければなりません。赤ちゃんにとって、生まれてくる、とはどういう経験なのでしょうか?

 赤ちゃんにとって、生まれてくる、とはこの世界との最初の出会いをする、ということです。どのようにこの世界と最初の出会いをしたか、という経験は、赤ちゃんのそれからの人生に大きな影響を及ぼします。生まれてくるとき、赤ちゃんは、すべてを聞き、すべてを見、すべてを感じている、一人の人として、丁重なあつかいをうけることが必要です。赤ちゃんに触れさせてもらう手は、おだやかで、やさしい手でなければならず、まちがっても赤ちゃんをおびえさせるようなことがあってはなりません。早期にへその緒を切ったり、鼻を吸入したりするようなケアは、本当に必要である、と判断されるときにしか行ってはなりません。

 出生の場に、父親が参加することは、女性と赤ちゃんへの愛を深めます。神秘的な女性の経験を分かち合うことができます。お産に参加することで、男性も感情をゆたかにときはなつことができます。これは父親になるために、とても大切なことです。

 からだをおこした姿勢と、やさしく穏やかな環境があれば、女性は生まれてきた赤ちゃんと、その場で大変親密な関係を築くことができるでしょう。やさしいまなざし、におい、静かなふれあい…これらが母と子の最初の出会いです。病院のルーティン遂行を理由にして、この静かな大切な時間を、妨げることはあってはなりません。すべての赤ちゃんは、人生の初めての時を、十分な注意と尊厳をもってすごすことができるように、配慮されなければならないのです。この初めての時は、母と子の豊かな絆をきずく、もっともふさわしいときです。お産直後のこのときに、おっぱいを含ませることは、母乳で赤ちゃんを育てるための、重要なスタートです。母親のおっぱいは、このようにして、十分に出るようになり、赤ちゃんもそれにこたえるようになります。このようなお互いへの刺激、反応、におい、ふれあい、赤ちゃんの泣き声、などで母と子はコミュニケーションをとっているようです。まるで、歌詞のない、美しい唄、のようです。


 母子同室

 母子同室は、出産後から続けて、母と子の肌と肌のふれあいの機会を確保できるものです。この親密な関係を通じて赤ちゃんは世界とどのようにかかわっていけばよいかを学び、自らを新しい経験にむけて開いていきます。

 時間にこだわらない自由な授乳の一番いいところは、赤ちゃんのからだに必要なリズムを尊重できることです。赤ちゃんはおなかがすいたときにおなかを満たすことができます。おっぱいの量は、時がたつにつれ、赤ちゃんのリズムにしたがって、調節されていきます。おっぱいは、赤ちゃんに安心と安定の感情をつたえているのです。

マリア・エステル・ビエラ(産科医)


 わたしたち、出生と出産にかかわるものは、お産を通して、自然のサイクルは、その尊厳をもってみごとに完結しているのだ、ということを学ぶことができます。それを大切にすることで、新しい産科医療に貢献することができるのです。これこそが「人間的なお産」の提案です。このとてもシンプルなやりかたと、女性身体性の宇宙を尊重することによって、私たちのなかに自然を取り戻すことができます。そして、人が生まれる、というときに、いつも女性が持っていた、豊かで積極的な力を取り戻すことができるのです。

 

(写真はビデオ画面ではありません)

●ビデオ『De volta as raizes - 根をもつことにもどる』
製作:ブラジル ゴヤイス ピオII世記念病院、
UNICEFブラジルオフィス
配布:Projeto LUZ/JICA
ポルトガル語翻訳:三砂ちづる

●プロジェクト・ルス
1996〜2000年にかけて行われたJICAのブラジルブラジル国家族計画母子保健プロジェクト。ブラジルに助産婦さんをはじめとする多数の日本人専門家が渡り、人の優しさによってお産を介助することが伝えられました。
現在は「セアラの人間的な出産、出生と手をつなぐ会」http://members.at.infoseek.co.jp/humanization/index.html
として継続・発展しようとしています
本文へ戻る

 

ヒューマン・バース・パークINDEXへ戻る

REBORNトップページへ戻る