1月7日から、人生で初めての断食をしてみました。
2日かけて減食、3日目で本断食、4日目以降はゆっくりと復食して行くというやり方で、今度の日曜日のアルコール解禁で飲食の禁忌が解かれてひとまず終了する予定でしたが、昨日、友人の誕生日を祝うためにスパークリングワインを口にしてしまって、ちょっと前倒し気味に終えたところです。
今年はいよいよ50歳という、年齢のせいでしょうか。昨年は、気力の著しい減退とネガティブな思考とに囚われてしまって、もがき苦しんだ年でした。
そして年明け早々、うまいことにそういったものをはき出すことができたので(はき出された夫はいいメイワクだったであろう。夫〜ごめん〜)、年末年始のご馳走責めで胃もたれを感じていた体からも、ついでに余分なものを出してしまおうという思いに駆られ、実行してみたのでした。
じつはさかのぼること数年前、REBORNスタッフ日記で河合さんの断食体験記を拝見して以来、断食にはずっとあこがれを抱き続け、自分でやってみるタイミングをうかがっていたのかもしれません。そしてこのお正月は河合さんも断食状態だったとのこと。勝手に運命を感じちゃった次第です。
その河合さんが師事されている友永ヨーガ学院の友永淳子先生の本を片手に、ここ2年ほどわたしもおうちヨーガをしているのですが、断食を実践するにあたっては、友永先生著「ヨーガ断食で美しく健康になる」(筑摩書房)を参考にしてみました。
プログラムがとても良く出来ているのでしょうね。減食から本断食の間のゆったりと過ぎてゆく時の中で、空腹のつらさはほとんど感じることがありませんでした。
お腹がからっぽの状態が気持ち良すぎて、このまま食べたい欲求が湧いてこなかったらどうしようという心配のほうが、先に立ちました。なにしろ、育ち盛りの息子たちのごはんの用意をしていても、目の前のごはんとは別のところに意識がある自分がいたのです。一旦食べることから解放され自由になってみると、日頃の自分がいかに、ごはんを作って食べて片付けてを、食べたいという欲求からというよりも時間に追われてこなして来たかということに気づき、元に戻らなくてもいいや、とすら思えてしまったのでした。
しかし心配には及びませんでした。重湯からはじまった復食後の食事の、美味しいこと、美味しいこと。ごはんと味噌汁のある文化の中で育って、本当に幸せだと感じました。
断食を経験されたみなさんが口を揃えて言うのは、減らしてゆく過程や全く食べないことよりも、少しずつ食べる量を増やしてゆく復食のむずかしさのようです。しかし、復食期間を、食べる意欲の回復期であると考えると、押さえていた食欲があふれるように湧いてくるというのは、むしろ歓迎すべきことなのかもしれないと思ったら気が楽になりました。今日からはこれが食べられる、明日はあれが食べられる、それは楽しい作業でした。
断食をはじめて2日目から4日目くらいまで、頭痛やだるさは時々ありましたが、水分やお塩、りんごジュースなどをちびちびと摂ることで、なんなく乗り切ることができました。逆にいうと、最小限こうしたものがなければ、体はたちまち機能しなくなるんですね。この程度の経験から本当の飢餓に思いを馳せるには甘すぎますけど、口に出来るものがないために体が自分の意志ではどうにもならなくなってしまうこわさを、垣間見た気がしました。
ごはんを作ること、食べることがなによりも好きなわたしが、はたして断食などできるのかと心配でしたが、やってみたら案外すんなり行うことが出来たのは驚きでした。それって心身がよほど鈍化しているから?大丈夫か、じぶん!?いえいえ、日頃の節制のたまものと思っておきましょう。響くものは確かにありました。気力もだいぶ戻ってきました。
それをどう活かしていくか、課題はこれからですけれどね。
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