プロフィール   

シンクロニシティ その3 2006/09/05

次なるシンクロニシティは神奈川の私鉄沿線でのこと。20年くらい前の話。

とある駅で、発車間際の電車に駆け込んだ。ギリギリ間に合った電車。乗換駅でのアクセスを考え、先頭の車両まで歩いていった。そして空いている席に座った。何気なく左前方の席をみると、そこには懐かしい顔が...何年ぶりかしら... どんなふうに懐かしかったのかは、ご想像にお任せしましょう(^^;

当時の私の生活圏は埼玉県。神奈川は通常行動パターンには含まれないエリアだったんですわ。乗り損ねたかもしれない電車。乗ってもそのまま座ってしまったかもしれない電車。座っても本でも読んでいれば気づかない距離。

この時も、けっこう驚きましたわ(^^;


シンクロニシティ その2 2006/09/05

16歳の夏から電車一人旅をしていた三宅。周遊券とユースホステルを使っての貧乏旅行。17歳の夏には、念願の北海道に旅立った。

旅程は急行八甲田→青函船→急行狩勝→急行すずらん... だったかな(^^; 最初は道東の浜中ユースに連泊で予約済み。友人達への土産を安くあげようと、霧多布の海岸で貝殻を探していたときのこと...

「ねぇ、今晩泊まるところ、決まってるの? 面白い宿があるから、紹介してあげるよ」

見知らぬ男性から声をかけられた。「なぬ?面白い宿とな?」ホイホイとついていっちゃう私も私か(^^;
この男性が私に声をかけた理由というのは、じつは自殺志願者に見えたからだそうだ。そうねぇ、当時、女の子の一人旅は珍しかったし、海岸で貝殻探してうつむいて歩いていたし、霧多布は自殺の名所だからねー(^^;

連れて行ってもらったのは藻散布沼にあった「白鳥の宿」。記憶によると、神戸から脱サラしてきた方がセルフビルドした民宿だったと。ムツゴロウ動物王国の畑さんが雀友だとか、そんなことを覚えている。

ここで、ある人に会った。顔も名前も、まったく覚えていなかった。覚えていたのは「声」だった。前の年の秋、陸前高田YHに予約電話を入れたときの、あの時の声だ!
ちょっとドキドキしながら声をかけてみた。

「あの...陸前高田YHのヘルパーさんですか?」「はい、そうですが?」...

その日まで存在も知らなかった宿。顔も名前も覚えていない人。
あるんだー、こんなことって... 巡り合わせの妙に感じ入った17歳の夏。


シンクロニシティ その1 2006/09/05
ベネチア サンマルコ広場

シンクロニシティ...と言うほどでもないが、今までも何度かあった不思議な出来事。

8日間の旅行ではバカンスとは呼べず、今回のは観光旅行って感じ。まぁ、行ってみたかったイタリアなので、よしとしましょ(^^;

1日目のベネチア。空港から舟に乗ってベネチア本島へ。ホテルは LA FENICE 。
http://www.fenicehotels.com/nihon/index.htm

チェックインして観光の始まり始まり。

ベネチアと言ったらゴンドラとサンマルコ広場ね。ゴンドラ、乗りましたよ。しかし、イタリアにーちゃん、よくしゃべること(^^; ゴンドラ乗船中、ほとんど前のゴンドラにーちゃんとしゃべりっぱなし。オトコがそんなにしゃべってていーんか?状態。驚いたね(^^;

そしてサンマルコ広場。『大理石の殿堂 平和の鳩が群れ“二人の北アフリカ人”が時を刻む所 英雄ナポレオンも称えし世界最高の庭』というのは、ツーリング・エクスプレス第1巻の紹介文(^^;

ちょうど広場に差しかかったとき、時計台の鐘を“二人の北アフリカ人”が叩きはじめた。どれどれ、もちっとよく見るかと、みんなで10mくらい後戻りしたんだわな。その時、相方が「信じらんないヤツがいるよ」と合図したその先に...

「春さ〜〜〜ん、お久しぶりです〜〜〜。お宅におじゃましたとき、赤ちゃん、抱っこさせてもらいましたぁ〜〜〜」

スペインに住んでいた頃、うちに遊びに来たことのある添乗員のHさんだった。15年ぶりの再会。毎夏訪れるスペインならいざ知らず、ここはベネチア、サンマルコ広場。しかも、鐘が鳴らなければ通り過ぎていた...

地球って、狭い?(^^;









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