『お産ルネサンス わたしの身体はわたしのもの』 清水久美+坂本みゆき著 雲母書房 2001年 ¥1,680(税込) ISBN978-4876721092
REBORNコメント この本は、男性助産士問題に端を発して作られたが、その本質を突き詰めるうちに、もっと深いところの問題点に行き着いている。この十数年、何度も持ち上がってはバトルを繰り返して沈静化していく男性助産士問題。時代が変わり、人々の意識が変われば受け入れられるのかもしれないが、平成10年には約26000名の「男性助産士導入反対」の署名が集まった。 バトルが繰り広げられると女性からは「嫌なものは嫌」という意見が出る。それに対して男性側から「感情論だけでは討論にすらならない」という意見が多く噴出する。この論点のかみ合わなさこそが、男性助産士導入が難しいという証のような気がする。 本文中に社会人文学者の吉村典子さんの指摘が引用されているが、「産む人が主体性を奪われてきたために、お産の時に女性自身が感じている『変化』を言語化することが遅れた」とあり、この言葉は印象的だった。たしかに陣痛の痛みにしても「障子の桟が見えなくなる」とか「スイカを鼻の穴から出すようなもの」という言葉くらいしか思い浮かばない。言葉がないから、それを体感できない男性との共通認識が阻害される。だから男性助産士を導入するとお産環境がもっと悪化するのでは?という不安が増す。 「体感的な情報を言葉で表す」ということは、出産だけに限らず、男性と女性が暮らすこの世の中の、ありとあらゆることに求められるのではなかろうか。男女が、より楽しく仲良く暮らしていくために。 (REBRON 三宅はつえ) 内容 まえがきにかえて −それは助産士問題Q&Aの作成から始まった− 清水久美 お産の現場に男性が入ると聞いたとき、たいていの女性がとっさに「嫌だ」と思う。「どうして嫌なの?」と聞かれても、なんだかうまく言葉にならない。じつは複合的な要因を感覚的に察知しているためなのだが、最初の段階ではそこまではまず思い至らない。 むしろ聞いたとたんに、「でも、お医者さんだって男性なんだし…..」とか、「男女平等の世の中だもの、男だからって排除するわけにはいかないよね」と、自分を納得させようとする女性も多い。だけど、助産婦がやっている具体的なケアのことを聞くと、それを男性が肩代わりするなんてぜったいに耐えられないと思う。その違和感、拒否感をどうにか伝えようと言葉を探す。 「え〜っと、…生理的に嫌なのよ。リラックスできないと思う。夫だって嫌なはず。それから…」などと言葉を探しているうちに、助産士導入推進派の論理が切り込んでくる。「男女平等のため…選択権は保証する…医師は男でもいいのでしょう?」 そのひとつひとつに即座に反論できなくとも、どうしても違和感がまとわりつく。そして、ふと気づく。 「あぁ…この"導入"って、わたしたち"産む女性"のためじゃないんだ」 そう気づくと、「じゃあ、誰が、何のために、なぜ、こんなにやっきになって男性を入れようとしているのか」、という素朴な疑問が沸いてくる。どうにもよくわからないことだらけ……そこでわたしは、助産婦の坂本さんを囲んで勉強会を開くことにした。すると、助産士問題についてみんなが抱く素朴な疑問には、どれも説明が付くのだとわかった。 目次 序章 私のお産は誰のもの? 清水久美
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