『病が語る日本史』 酒井シヅ著 講談社 2002年 ¥1,890(税込) ISBN978-4062105668
REBORNコメント 古代から明治期まで、病を通してみた日本史を知ることができる本。昔は、新生児死亡率が現代とくらべようもなく高かったことは広く知られていることであるが、なかでも痘瘡は恐ろしく、赤ん坊が痘瘡を乗り切ったときにはじめて名前を付ける地方もあったという。また、麻疹も(いまでも怖い病気であることに変わりはないが)致死率の高い病気で、江戸幕末には予防法や摂生の仕方を描いた錦絵が百種類以上出版され、いわゆる「はしか絵」と呼ばれるジャンルまで登場したそうである。この麻疹も「命定め」とされたという。この麻疹、二十年サイクルで流行し、麻疹にかからずに成人した大人も、次の流行で命を落とすこともあったとか。子どもに関する病気のほか、脚気、天然痘、梅毒、赤痢、糖尿病、寄生虫、マラリア、がんなど、さまざまな病気から日本史をみると、新たな一面が発見できる。 (REBRON 白井千晶) 目次 第1部 病の記録(骨や遺物が語る病;古代人の病;疫病と天皇 ほか) 著者プロフィール 酒井シヅ オビから 著者の酒井氏は、日本の医学史研究の第一人者であり、私も歴史小説の筆をとる時、しばしば氏のもとを訪れて御教示を得てきた。医学史についての知識は多方面にわたっていて、その豊かさは驚嘆すべきものがある。 その氏が、病を通して日本史を語るこの著書には、氏の知識が存分に駆使され、病の絵巻物を見るような彩りがある。当然のことながらたしかな史実にもとづいた内容で、私自身の知識も新たにふくらむのを感じる。 人間が決して避けられぬ病を通して日本史を見つめるという、着眼が素晴らしい。無数の人々によって形づくられてきた日本の歴史が、より豊かなものになって浮かび上がってくる。(吉村昭) 読売新聞書評(評者・黒崎政男(東京女子大学教授) / 読売新聞 2002.09.01) 日本の医学史研究の第1人者が、一般向けに分かりやすく説いた書。〈病〉という視点を軸に、古事記の世界から現代まで、日本を通覧する試みがとても新鮮である。それにしても、古代における〈病〉という存在の大きさにあらためて驚かされる。〈病〉は、我々現代人にとっては、個人の運命の問題だが、かつては、疫病の存在は、政治も宗教をもすべて動かしてしまうような途方もなく大きなものであった。 例えば、仏教伝来のとき、その受容に関して、賛成派、反対派のどちらが〈病〉に倒れるかで政治が決定されていく。奈良時代には天皇の病状が悪化すると、その延命の要は人々の大規模な恩赦であると見なされた。疫病が広がるのは、失政に対する神々の怒りの現れであるとされ、大々的な加持祈祷(きとう)が行われる。重要な局面では、医者が呼ばれることはなく、何はともあれ祈祷師が呼ばれた。 栄華をきわめた藤原道長も、平清盛も病苦になすすべもなく痛めつけられ、生涯を終えていった。しかし、時代が下るにつれて〈病〉に対する知識が増え、政治の表舞台から〈病〉の支配力は消えていく。さらに、日本の医学は明治維新を境に漢方から西洋医学へと大きく入れ替わる。それに伴い、馴染(なじ)んできた病名がたくさん消えた。多くは西洋医学の病名で再登場するのだが、中には消えてしまった病気もある。例えば「癪(しゃく)」。癪にさわる、とか、癪のたねという言葉として残っているが、上腹部にさしこむ激痛のこと。医学のパラダイムの転換とともに、身体のふるまいにも変化があらわれるという事態は興味深い。 筆者は医療の歩みを、病気の解明の歴史とのみ捉えるのではなく、自然科学が宗教から医学を分離したさいに置き去りにした、自然への畏敬(いけい)、心の安寧の問題にも光をあてる。医療の歴史は、科学史というより、むしろ「からだの文化史」なのであろう。 この本が買えるページ amazon.com |
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